ep516 魔法使い(The goal)
「タカミヤ、今のは一体?」
ロプトの残穢は霧散して消えた。後には断末魔の悲鳴も、誰かを厭う呪言も、何かを忌む呪詛も何も残すことなく……だ。
それほどまでに呆気ない幕引きにツクヨミは、それ以外の言葉を失ってしまったかのようだった。
「カレラさんから聞いていましたから。身体を失った魂は脆いって。だからボクの陰陽術で祓ったんです。上手くいって良かったです」
無理に作り笑いをしているユーベンブロイの姿に、ツクヨミは心苦しい思いだったのは言うまでもない。
そしてそれと同時に、ツクヨミが聞きたかった答えは「そうではない」と声量を最大にして言いたかったが、それは彼の心の内に抑え込まれ口から出る事はなかった。
「ツクヨミ様、ボクは行きます。今度はボクがアメリアを助けます。アメリアはボクを救う為にロプトと契約してしまった。だから今度はボクがアメリアを救う番です」
「そんな事が出来る筈もない」……ツクヨミは再び自身の口から紡がれそうな言の葉を堪えていた。
「策があるのですか?」
コクりっとユーベンブロイは一度だけ首を縦に振ると、満面の笑みを以って答えた。
「ボクは「魔法使い」ですから」
「魔法使い」というその“称号”が、ユーベンブロイの頭上に輝く事は有り得ない。タカミヤがその昔、魔術師として完成させたのは「魔法」でありながら「魔法」と呼ぶ事が本来であれば出来ない「歪さ」を有していたからだ。
「タカミヤ……貴方の「魔法」は……まさかッ、カレラの使った魔術を模倣しようと言うのですか?アレは天賦の才脳があればこそ為せる業。如何に同じ「魔法もどき」が使えるようになったからといって、おいそれと使えるようになるハズがありませんッ!」
「分かっています。カレラさんは本当に二物も三物も与えられた存在だという事は、充分に理解しています。ですがボクにも自負がある。それにカレラさんの術式以外にも、「時空」を渡る術をボクは過去に見ています」
「時空」とユーベンブロイは言った。そもそも「時空」とは「時間」と「空間」の両方を指し示す言葉であり、カレラがあの時使ったアルティメット・シリーズはどちらかではなく、その両方を満たしていた。そして、これもまた本来であれば「人間」には本来叶わぬ芸当だ。
かと言って、「神族」や「魔族」といった種族であっても、これまたおいそれと扱える術式ではない。
ある種の特異な「概念」を持っていなければ、「人間」の寿命では遥かに足りない時間を研鑽に費やし、その努力の果てに少しばかりの“運”をスパイスとしてトッピングした結果成立する術式と言えるだろう――
「タカミヤ……」
ツクヨミはユーベンブロイの決意に水を差す選択を選べなかった。ツクヨミは「神族」であるが、「神族」だからこそ、ユーベンブロイが言うように過去へ行けば「時間の逆説」の影響は免れない。
だが、今のユーベンブロイであればその影響を受けずに済む可能性がある。
それは偏にユーベントロイヤーであるユーベンブロイであれば、過去には存在していないからだ。そもそも、ユーベンブロイの依り代になっている魔力製素体ですら、百年前には無い。
あるとすれば、ユーベンブロイの魂がその影響を受けるかどうかだが、それは未知数だ。
「ツクヨミ様、それではお元気で」
こうしてユーベンブロイはツクヨミに別れを告げて一人で去っていった。直ぐにでもアメリアを救いに行きたいところだろうが、セレスティア大陸で「魔法」を使えば赤黒い空が邪魔をしないとは言い切れないし、「魔法」を使うのであれば魔力が圧倒的に足りない。
だからこそ万全を期す為にも邪魔が入らない場所へと向かいたかったのだった――
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――再びセレスティア大陸の東にある大陸へとやって来たユーベンブロイは、そこで再び魔力の収集を行っていた――
大陸を渡る際にも前回同様に「空獣」の襲撃を受けたが、今回使うのは「魔法もどき」ではなく、「歪な魔法」を更に発展させた「真なる魔法」だ。
本来であれば術式理論の構築だけで長い年月を要するだろう。だが、そんな悠長な時間は無い。それは「メー」が着々と侵食していたからである。
赤黒い空は離れた東方の大陸の空をも変えつつある。だからこそ、「魔法」を構築する術式理論はそこそこに、その術式を発動させる為に必要な、膨大な魔力集めに心血を注ぐ必要があったのである。
今のユーベンブロイにアーレがどうなったのかを知る手立てはない。ヒビ割れた赤黒い空から何が生まれ落ちていたとしても、アメリアのいないアーレに対しての興味は既に失われている。だから今は一刻も早く魔力を集め、「魔法」を発動させなければならない。
拠ってユーベンブロイは寝食など二の次三の次で、ただひたすらに目標に対して邁進していた。
その大地に「獣」達の無数の屍を積み上げ、大地に棲まう「獣」の生態を完全に破壊し得る程の刹那的な殺戮をただ繰り返していたのだった――




