ep515 残穢(Dear Broy)
「ブロイ助けてあげて。おかみさんを、みんなを助けてあげて」
「――ッ?! ボクはマ……ディアを危険に晒す事は出来ない」
ユーベントロイヤーの腕の中でスヤスヤと眠っていたハズのディアはいつの間にか目覚めていた。だからこそツクヨミの頼みを断り、そのまま二人でどこかへと旅立つ流れは打ち消されたと言える。
そんな中で、流石にこれまでずっと「ディア」と呼び続けていた手前、突然「ママ」と呼ぶのは気恥ずかしいユーベンブロイがそこにいたが、そこにあるのは二人だけの蜜月な空間と言っても過言ではない。
従ってツクヨミは様子を窺っている。
「ユーベンブロイ……わたしは貴方に会いたかった。ずっとずっと会いたかった。そして謝りたかった。だけど、最後に漸く貴方に会えた。でも本当はもっと早くからずっと一緒だったんだね。ありがとうブロイ。そして、さようなら。ごめんねブロイ。わたしの大切なユーベンブロイ」
「えッ?!ディア?ディ……ママッ!なんで?どうして?」
唐突にディアは消えていく。ユーベントロイヤーの腕の中で、光の余韻となって失われていく――
あまりにも突然な最愛の人との別れ。そして、この場にいる誰一人として、何故こうなったのかを到底理解出来る筈もない。
何故、ディアは消えてしまったのか?
何故、死ななければならなかったのか?
何故、ユーベンブロイの記憶を蘇らせていたのか?
二人は呆然と立ち尽くしていた。ツクヨミからすればこれは最悪の結果になったと言える。理解の及ばないコトだらけではあるが、結果だけを見れば本当に最悪のシナリオを進んだコトになるのだろう。
一方で、ユーベンブロイはただ只管に自問自答していた。「なんで?なんで?なんで?」……と。
しかし、いくら問いを深めようと結論は変わらない。失った最愛の人を取り戻せるワケじゃない。
かといって、ディアが託した望みを叶える気にもなれない。そんなユーベンブロイの瞳から、タカミヤの実の両親の死の淵にも流した事のない一雫が頬を伝い、光の粒子となって消えゆく余韻となったモノと混じり合い、ソレは弾けたのである。
『――我を求めよ――』
『――我を欲せよ――』
『――我を崇めよ――』
「タカミヤ!聞いてはなりません!タカミヤ!正気を保つのです!」
突如として鳴り響く不協なる声。不興なる者を虜にすべく放たれる布教なる声。ツクヨミはこの声の意味を知り、全てではないが多少は何かを理解した。
しかし深い悲しみに暮れるユーベンブロイに、ツクヨミの声は届かない。
『――我はディアブロ――』
『――我はブロイを求めるモノ――』
『――我に求めよ、欲せよ、崇めよ、念じよ、応じよ、唱えよ、飢えよ、そして乞い願え――』
「あぁ、解った」
ユーベンブロイの発したその一言にツクヨミは驚愕の表情を示した。このままユーベンブロイが甘言に乗ってしまえば、最悪の枝葉の更に最悪へと歩を進める事になる。
そうなった時、待っているのは“殺戮”であり「神々の遊び」を別の意味で体現する事になり兼ねない。
そしてソレを止められるモノは、「箱庭」には誰一人としていないだろう――
「これは、ボクが終わらせる物語だ。諸悪の根源はイシュタルではなかったんだ。いや、そのイシュタルを使って彼女が根源だとミスリードさせようとしていたんだ。ボクのヘイトが全てイシュタルに向くように……」
「タカミヤ?一体……何を?」
ツクヨミが何かを気付いたように、ユーベンブロイもまた悟ったようだ。ただ、お互いに理解したモノが一致している構図は浮かんでいない。それは偏にユーベンブロイが「第四の天才」だからこそ、ツクヨミでは推し量れなかった全容を見通したと言えるかもしれない。
『――我を拒むか――』
『――我を拒絶するか――』
『――我を厭うか――』
『――我を望まねば、愛しき者と久遠の離別となろう――』
「オマエを望まくたって、ボクはボクのやり方でアメリアを救ってみせる。例えこの身が砕け散ろうとも絶対にだ。ロプト!オマエの企みも、その歯車になったイシュタルもボクが全てを止めてみせるッ!だから、消えろッ!」
「――オン、タカシハヤ、マカレヤマカレヨ。 ――青龍・白虎・朱雀・玄武・勾陳・南斗・北斗・三台・玉女――天清浄地清浄、内外清浄六根清浄転生清浄にして虚仮諂偽懺悔懺悔六根清浄――」
ユーベンブロイのその両手が急速に動き印を結んでいく。魔術回路を活性化させた上で使う“ハイブリッド陰陽術”とも言える一連の動きは「魔法もどき」の詠唱とは異なり、魔力を瞬時に練り上げていった。
『――我は不滅――』
『――我は不朽――』
『――我は無窮――』
「いや、もうオマエの身体はカレラさんの元にある。だから先ずは、アメリアに巣食った残穢を祓う。だからもう迷わずに逝け!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前・急急如律令」
最後の九字切りに依って、練り上がった魔力は一筋の光となり、世界を断絶する一閃となった――




