ep504 首実検(Not paid)
「おかみさあぁぁん!おのヘンなお客さんが、起きてくれませんんんッ!どぉしましょう?」
「まったく、こちとらやっとこさ休憩出来たってのに……。まぁいいさね。会計もまだなんだろぅ?仕方ないから一緒に行ってやるさね」
厨房はクロージングが終わり、アマテラは在庫チェック、イシュとウルスラグはホール清掃の前に、食器洗いに勤しんでいる。そんな時分である。
困りに困ったディアは「おかみ」の元に駆け込み助力を求めたワケだが、ディアと共に例の客の元に行った「おかみ」は、ここで漸く後悔する事になったのだった。
「――なッ?!ディア、この客の正体を分かってここに通したの……かい?」
「正体ってなんですかぁ?人間さんには見えませんでしたけど、お客さんには変わりないかな……って。はッ!まさか、わたし……やらかしちゃいました?」
「おかみ」が厨房で忙殺された結果、「異界の神」の接近に気付かないばかりか、その「異界の神」がベロンベロンのへべれけになって高イビキを掻いている現状を見て、「おかみ」は混乱の極みになっていたと言っても過言ではないだろう。
少なからず「異界の神」が友好的である可能性は、極めて低い。そう考えているからこそ、ここで対応を間違えれば大惨事になる事だけは確かだった。
※エレシュキガルの件から察するに完全に敵対しているとは考えていないが、「異界の神」が「転生者」を刺客として送り込んでいるあたり、友好的ではないと考えている
「ディア、大急ぎでエレを呼んでおいで。それと、アマテラ達にも声を掛けて、戦闘準備をさせた上で倉庫区画に隠れているように伝えて来てもらえるかい?」
「はぁい、おかみさん。わっかりましたぁ!」
ディアは自分が「やらかした」と考えた結果、自分に飛び火しないように迅速に行動していった。ディアからすれば、自分は接客しただけであり、落ち度は何もないと思っているのだろう。
まぁ、注文が来たからといって、止めもせずに飲ませ過ぎたのが“落ち度”かと問われればそれは非常にグレーゾーンであるとしか言えないが、それはそれ。これはこれ。
「少しでも戦力が欲しいってのに、こんな時に限ってエンリのヤツもいないし、ランデスもいない。まったくもって災難だねぇ。これだから一見さんは困るって言われる所以さね」
――それから十数分後――
「おかみさんが、アタシを呼んでるって聞いたけど?こんな夜中になんの用……だッ?! お、おいおいおい、おかみさん、ソイツはまさかッ!」
「シーーーッ!大声を出すんでないよ!起きたらどうするつもりさねッ!」
ディアに無理矢理起こされたエレは、いつもの不機嫌そうな表情を、一段と不機嫌そうに格上げした凶悪な面構えで「おかみ」の元へとやって来たワケだが、その表情は“驚愕”の二文字で瞬時に書き換えられていった。
そして「大声を出すな」と言われた直後のエレの顔には「おかみさんの方が大声なんじゃ?」と書いてあったとか、いなかったとか。
「アンタを呼んだのは他でもない。アンタが見たのはコイツかい?」
“首実検”とでも言いたいのかもしれない。まぁ、正確な首実検とは生きている状態では行われないモノだが、それはそれ。これはこれ。
「あぁ、おかみさん。コイツだ。コイツがアルカディアを攫ったと話していたヤツだ」
大きく深い溜め息を吐き出したい気持ちでいっぱいの「おかみ」であり、「それならランデスが漢を見せた意味がまったくないじゃないさねッ!」……と、心の中で盛大にツッコミを入れている様子でもある。
しかしその一方で「おかみ」は、何故に首謀者が「魔の酒場亭」にやって来て、飲んだくれているのか皆目見当もつかないのが明白だった。
「おかみさん、寝ているなら今のうちに拘束しておくか?それとも……」
エレのその瞳が怪しく光を灯していく。その手に得物こそ握っていないが、良からぬ事を考えているのはこれまた明白と言えるだろう。
――ぺしんッ
「おやめ。まったくこの娘は物騒なコトこの上ないねぇ。それにコイツはまだ会計が済んでないんだ。ちゃんと取るモノは取ってからでないと、店が赤字になっちまうじゃないのさ」
「へいへーい。それじゃ、アタシに出来るコトは終わりだな。それなら部屋に戻らせてもらうんだけど?」
「首実検が終わったならエレがここにいる必要はない」……それが、エレの言い分なのだろう。だが現状に於いて、「天の牡牛」を使えるエレと「おかみ(ヒト種)」では戦闘力に於いて明確な差がある。
それを加味するならば、「部屋に戻る」と言ったエレを「おかみ」が、みすみす逃がすとは思えない。
「あたしゃまだ、店の片付けが残ってるんだ。だから、コイツの監視はアンタに任せるさね。まぁ後片付けが終わって戻ってくるまでにコイツが起きたなら、会計を済ました上で生かすも殺すも自由におし」
「そんな無茶苦茶なッ!」とエレの顔に書いてあったのは、言わなくても明白だった――




