ep50 作戦会議(Employment contract)
「はぁ……イチゴウセンパイが堕ちたら、エン様は侵攻を開始すると仰ってありんしたのに……いつになったら……。――でも、女のカラダ同士でも、あの夜はなかなかにいいモンでありんした……はぁ」
イシュが“イチゴウ”になってから更に四日が経った。エンは今も、熱心に演技指導をしているようだが、何故そんなコトに熱を上げているのか、ニゴウには意味が分からなかった。
「こんなところにいたのか……。――ニゴウッ!」
「はっ!これはエン様。妾に何かご用命でありんしょうか?」
「はぁ……。これから行くんだから、準備をしなよ。それとも、そのカッコのままが気に入った?誰彼構わない衆目に晒されたい性癖に目覚めたのなら、無理にとは言わないけど……。だけど……ヒト種の身体は脆いから、せめて装備はあった方がいいと思うんだよねぇ」
「あの……エン様、妾達はいずこに向かわれるのでありんしょう?」
それは待たされに待たされ過ぎた、ニゴウの些細な疑問だった。しかし、その問いはエンの不興を買った様子であり、聞いた途端にエンの目の端が釣り上がっていく。だがその様子をニゴウは目をうっとりとさせて見詰めていた。
既にニゴウにとって、如何なる事でもエンが行うコトはその全てがご褒美のような感覚なのだろう。
――これが調教が進んだモノの末路……と言うのであろうか……。
「はぁ……。――怒る気も失せた。イシュの調教が思ったよりも上手くいかない。だから……それはもう諦めるから、アーレに侵攻を開始する。――これで分かった?」
「わんッ!へっへっへ。待ってたでありんす!遂に……遂にあの女を妾の手で、舌でッ、手籠め舌籠めに出来るのでありんすねッ!わんわんわおぉぉぉぉぉぉん!」
「あははッ。この前、イシュとジャレあってた時に、最初はハードな百合展開に戸惑っていた様子だったけど、後半から本格的に乱れてたし、最終的には乱れに乱れまくって溺れてるくらいだったから、結果的に新たな扉が開いたようだね。――まぁ、侵攻戦に関してはこちらから指示はしないから、好きなように暴れるといいよ。相手が誰でもね」
こうしてエン側の準備は整った。エンにとって、準備不足の感はあれど、それは飽くまでも余興の一環でしかない。
無駄に時間を掛けるより、相手達の準備が整うより前に侵攻した方が現状で今、優勢なエン達の勝率は更に跳ね上がる。
それを分かっていても尚、エンが行っていた調教は、「矜持」とでも言うべき何かに従った上での行動と言えるのだろう……。
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「おかみさん、戦う時にランデス君を連れてっていいですか?」
「はぁ?アンタは何を言ってるんだい?ランデスはアンタのじゅ……いや、正確には召喚獣……か。それなら……いや扱いは……そうさね、こちらの戦力としてランデスも計算させてもらおう。術式が面倒になるが、ディアを疑似惑星に転移させる際に、一緒に行けるようにしとこうかねぇ」
「おかみ」のこの発言で、エレは何かを悟った。だがそれをこの場で言及するつもりは毛頭無い。
一方でこの期に及んでも、ディアの謎を解きたい「おかみ」の魂胆が見え隠れしてると言っても過言ではないだろう……が、それ故にエレは何も言わなかったのだった。
「おかみ」は、「おかみ」の中でエンリに勝つ為の段取りを組んでいる。前情報は確かに勝率を上げる為に必要だが、エレがそれを追求した所で意味は無いし、各員が離れた場所に転送されるのであれば、その事に気付いていないディアの混乱を防ぐくらいの効果しかない。
故にエレは……「ディア、戦う時は常に一人だ」と、伝えるだけに留めた。
「さぁ、これで作戦会議は終わりでいいかねぇ?他に何か聞きたい事や、言っておきたい事はあるかい?」
「アタシは概ね理解した。しかし、おかみさんにこれだけは言っておきたい!!」
「なんだい?」
「アタシが抱えてる「所用」を、ディアに何件か振ってもいいか?」
エレはこの作戦会議の最中に、何かを言おうとしたタイミングで、「おかみ」から所用の伝票を幾度となく渡されていた。
それは偏に、「おかみ」がディアに聞かせたくない内容だったのかもしれないし、それ以外かもしれない……。
だが、「エン達がいつ攻めて来ても可怪しくない」状況を鑑みた上でも可怪しい量の「所用」だった……。
「ダメだね。それは、アンタじゃなきゃ出来ない所用さね……」
「出る杭は打たれる」とはよく言ったもの。エレは、「おかみ」からディアに渡す事を拒否された所用の内容を飛ばし読みして、「はぁ……」と内心溜め息を付いていた……。
「(エレ……アンタは給仕兼用心棒兼雑用係、ディアは乗務員兼(時折)給仕係なのさ)エレ……アンタにしか出来ない所用なんだ、(雇用契約書は大事なコトだ)諦めな」と、歪になった口角を上げて真顔になったつもりで嗤って誤魔化していた。
――「雇用契約書は大事である」という、教訓の一頁という事でもあるだろう。




