ep492 家宅捜索(The Ishtar)
「なんだってぇ!アルカディアが消えた?エレ、それは本当なのかい?」
「あぁ。ギルドの職員も知らないうちに消えたみてぇだぜ、おかみさん。まぁ、アルカディアは人畜有害だから、職員連中は喜んでるってのがオチなんだけどな。それに、いてもいなくてもギルドの仕事は回ってるみてぇだったから、冒険者達にとっても問題は無さそうだったぜ」
前回の報告から更に数日後のこと。ミレイアに続き、今度はアルカディアまで消えたとの“報”に「おかみ」は驚きを隠せない様子だったと言える。
そしてエレは続けざまに告げる。それは誰もいない事をいい事に、アルカディアの執務室及び、「イシュの部屋」の家宅捜索を行った結果である。
「こんなモンが執務室の隣……悪趣味な部屋にいくつかあったぜ?コレがランデスの話してた「ドローン」ってヤツであってるか?」
「アンタ、持ってきちまったのかい?まったく……この娘は……」
ランデスはあの時、「おかみ」に対して、「ドローンは偵察に使う」と話していた。だったればこそ、エレが持ち帰ったモノが生きているなら、こちらの情報がアルカディアに筒抜けになったと言っても過言ではない事を示している。
これはエレに対して充分な説明をしなかった「おかみ」の落ち度と言えるだろう。そして「おかみ」はエレに対して、「手癖が悪い」と言いたかったのを濁したと付け加えておく――
「それで、おかみさんどうすんだ?アルカディアがディアを、ひいては「魔の酒場亭」を狙っていたとして、当の本人もいなくなっちまったんじゃ、お手上げじゃねぇか?」
こうなってしまった以上、万策尽きた……と、「おかみ」は考えていた。そもそも「魔の酒場亭」が狙われる謂れは無いが、アルカディアが失踪したとあれば確認のしようもない。ギルドに乗り込んだところで、職員達からすればアルカディアを探して欲しいとは言い出さないだろう。
そうなれば、タダ働きのくたびれ儲けにしかならない。
斯くなる上は、再びアルカディアが動くのを座して待つしか手段は残されていないかに思われたのだった――
「へぇ、アナタがエレシュキガルから創られたモノで宜しくて?」
それは見覚えのある光景だった。「あの時」に見た、何もない、ただ暗いだけの空間である。しかし、エレはどうやってこの場に来たのか分かっていない。
そう、「あの時」と同じだった――
賢明な諸兄は既に気付いていると思われるが、「あの時」とは死祖種に首筋を噛まれて身体の自由を奪われ、エンリから調教される事になった……あの屈辱を味わった“時”を指している。
だが“その時”とは一つだけ違う光景がある。それは、エレの目の前にいるのが、下着のような姿の破廉恥な女性ではなく、ひらひらとしたスケ感満載の衣装に身を包みながらも露出過多という、別の意味で破廉恥な“女”だったからだ。
「エレシュキガルを知っているのか?誰だアンタ」
「別に名乗る必要はないのではなくて?」
エレは名前を覚えるのが面倒臭い。それはエレとの関わりが少なかったり、インパクトが小さければ尚更のコトだ。因って「あの時」にエレシュキガルが話していたもう一つの名前を思い出せないでいた。
「思い出せねぇからいいや。それで、アンタもエレシュキガルと同じく「異界の女神」ってヤツか?それでアタシに何の用だ?アンタが奪われたモノを奪り返せってんなら、お門が違うってモンだぜ!」
「あ……あたしは別に!別に何も奪われてなどなくってよ!純潔の睫毛やら、涓塵の唾液やら、甘美の汗なんか、奪われてなんかなくってよ!」
「どっかで見た光景だな」……と、エレは思いながらも口にする事はない。相手が「異界の神」であるならば、自身よりも格が上になる。それならケンカを売ったところで返り討ちに遭うのが関の山というヤツだからだ。
「それで、ソレが目的じゃないなら、なんでアタシのところに来たんだ?まぁ、奪い返せって言われてもお断りなんだが……。まぁいいや。 ――まさかとは思うが、アタシとエレシュキガルがパスで繋がっているからってワケじゃねぇだろうな?」
「大当たりだから褒めて差し上げても宜しくて?あたしは、「箱庭」に干渉する方法をずっと模索していて、やっとエレシュキガルからここを探り当てるコトに成功したと話せば宜しくて? ――アナタからはエレシュキガルの残り香と、もう一つ。牛の臭いがプンプンと漂っていてよ!だから目を付けたと言えば宜しくて?」
いつもながらの不機嫌そうなエレの表情に、深いシワが刻まれていった。それが意味するのは、エレから見た時にまるで誰かさんと話しているかのような錯覚に陥ったからだろう。
話し方も語尾も思考パターンすらも根本からして異なる相手であるにも拘わらず、その「誰かさん」を彷彿とさせるバカさ加減を見せ付けられたエレは、どぅどぅと、自分自身に言い聞かせ暴発しないように必死だったと言っても過言ではない状態だった――




