ep48 看板(Be can't)
「おはよーござッ?!――あぁなんだ……おかみさんか……流石に焦ったわ……」
「アンタはこの姿を見るのが初めてだったかねぇ?」
ここはアーレの城下町の外れにある「魔の酒場亭」。
だが、今日は表に看板が出ておらず、一見すると店休日に見える。しかし、従業員であるエレは看板が出ていない事など気付きもせずに店の中へと入っていった。
ちなみに、緊急事態などの時は入り口の扉に貼り紙がされるが、今日は貼られていない。貼ってあれば、流石のエレでも気付いた事だろう。
そんなワケでいつも通りエレは扉を開けて入ったワケだが……そこにいたのは人間の姿の、いつもの「おかみ」ではなく、竜人種の姿をした「おかみ」だったのである。
魔力の質からエレは直ぐに「おかみ」だと気付いた。しかし借りてきた猫が驚きのあまり、背中を丸めて飛び跳ねるような光景が、「直ぐ」の前に一瞬だけあったようだ……が、それはそれ。これはこれである。
「おかみさんが、色々な依り代を持ってるのは知ってるけど、竜人種は初めて見たよ。どうなの?扱いやすい?」
「扱いやすいかどうかを聞かれ、ヒト種と比べれば……まぁまぁ扱い難いさね。でも、ヒト種は脆過ぎて、エンリと戦うなら向いてないのさ。だから一番硬いのを持って来たって感じかねぇ。――まぁ、店主がこんなナリになったから、暫く店がお休みになるのが痛いところだねぇ……。はぁ……。」
「休み?!そうかそうか!」
「エレ……店は休みでも、アンタにはたんまりと所用があるからね?店が休みの間に出来るコトをしてもらうよ」
店の看板が出てるかどうかを見ずに入ったエレも大概だが、いつエンが攻めてくるか分からない状況で所用を突っ込む「おかみ」も大概が過ぎると言えばその通りだろう。
だが、店の維持にも金は掛かる。仕方のない事である。
「それで、アンタの腹の中は決まったのかい?」
「――アタシは戦るよ。おかみさん一人で三人の相手は流石に無理だろ?アタシじゃエンリの相手は無理でも、あとの二人くらいならなんとかなるさッ!おかみさんは大舟に乗ったつもりで、エンリと戦ってよ!」
「(泥舟にならなくて済んだ……か)その事なんだが……ディアも参戦してくれるらしい。だから、アンタは一人、ディアも一人を相手にしてもらう算段だねぇ……今のところは……ね」
「今のところ……?援軍が来てくれるってコト?それにディアも……か。そりゃあ、嬉しいねぇ。涙がチョチョ切れる。アタシもラクが出来そうだ!」
エレのこういうところを、「おかみ」は頼もしく思っている。少し話しを匂わすだけで全てを見通す洞察力。「おかみ」としては、ディアにも見習って欲しいと思っている今日この頃である。
だが一方で、真面目に働くディアのそういうところは、エレに見習って欲しいというのは、「言わぬが花」というヤツである。
「エンリと因縁のあるヤツらに声を掛けたさね。だが、中には最後に会ったのが数百年前になるのもいるから、送った連絡が届くかどうか怪しいのもいる……。それでも来てくれたら儲けモンと……それくらいで考えておいてもらえるかい?」
「上げてから落とす」……これは「おかみ」がよくやる話法だが、エレはこればかりはよく引っ掛かる。故に、一喜一憂するエレの顔芸を見るのが「おかみ」の楽しみでもあるが、エレの優れた「洞察力」が「何故見抜けないのか?」とかは考えたコトが無い。
「そうだ、エレ。ディアを呼んで来てくれるかい?今後の方針と、有事の際の作戦会議といこうじゃないか」
「ディアは……あぁ、倉庫区画?ところで、ディアはおかみさんの姿に驚きはしなかったの?」
「あぁ、そうさね。アンタみたいに驚いては、くれなかったよ。残念だったねぇ」
「ミイラ取りがミイラになる」とはこの事だろう。エレとしては、自分同様にディアも「おかみ」の姿を見て驚いていて欲しかった。普通誰だって、その中にいると思っていた人が自分の想像とは違う姿になっていたら驚くモノだ。
ディアもエレと同様に驚いていれば、「可愛いところもあるんだな」と思えたのだろうが、そんなコトが無かったとなると不思議な程、不気味と言える。
そんな不気味加減に取り憑かれたエレは、「おかみ」から揶揄われた事も相俟って、遣る瀬無い気持ちを表情に出したまま、地下へと降りていったのである。




