ep43 揺動(Political marriage)
「それでは行ってきまぁす!」
「あぁ、気をつけて行っといで。くれぐれもやらかすんでないよ」
その日、ディアに与えられた仕事は迎車からの方送りだった。向かった先は、アーレ国の貴族、クレセント男爵家のお屋敷だ。
クレセント男爵家は今までにも何回か「魔の酒場亭」を利用している「お得意様」の内の一箇所である。そのクレセント男爵家はこの国の歴史ある貴族ではなく、所謂ところ成金男爵と呼ばれている。それ故かどうかは分からないが、毎回それなりに金払いは良い。
今回は政略結婚で派閥上位の伯爵家へと嫁がせる娘、セリアリテをレイシ伯爵家へと送る為に、クレセント男爵がランデスを所望したのだった。ちなみにセリアリテはレイシ伯爵の側室となる予定であり、その歳の差は40歳ほど離れているが、貴族社会に於いては何一つ驚くような事ではない。
クレセント男爵家からレイシ伯爵家までは大した距離ではないが、通常の馬車や獣車よりランデスの方が目立つお披露目になる。その事からお金をかけ、見栄を張る事に意義を持つ貴族にとって「魔の酒場亭」が保有しているランデスは大変都合が良いと言えた。
拠って、報酬金額は普段の冒険者達から受け取る金額よりずっと破格だった――
「行ったな」
「あぁ……。そうだエレ、ディアのサポートを頼めるかい?今日のお相手は男爵とはいえ、一応はお貴族様だ。何かあったら大変だからね」
「あいよー。おかみさんの用心深さに、アタシの足は常にヘロヘロクタクタさ。でもま、雇われの宿命だからね……今日はもう終わり仕舞いでいいなら……いやいや、何でもない、何でもない。はい、行ってきまーす」
出来る事なら仕事をしたくないエレは軽口を叩き、出来るだけサボれる方向に話しを持っていきたかったワケだが、「終わり仕舞い」あたりから「おかみ」の目尻が釣り上がっていった。それを見たエレは脱兎の如く店から出て行ったのである。
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――ガチャッ
「貴女がお父様から聞いております、「魔の酒場亭」から遣わされた方でございますか?」
「ふぁ?!は、はいッ!本日お供させて頂きます、ディアと申しまふ……あっ、噛みまみた。てへッ」
クレセント男爵家の車寄せで待機していたディアは、約束の時間になっても出て来ない客を待つ事に気が抜けていた。
しかし、そんな間が悪い時にこそ客は現れる。故に、おちゃめアピールをしてみたと言えるだろう。意味があるかはさておき……。
「私は政略結婚でお父様よりも歳上の伯爵様に嫁ぐ身……最後に貴女のような……私と歳の近い女性を派遣して下さった「魔の酒場亭」には感謝の念に堪えません。もし宜しければ、貴女の事を聞いても宜しくて?」
「は、はひッ!わたしの事でお客様のご気分が優れるならば、如何様にもお話し致しまふ……あっ……」
「噛みまみた……ですか?」
どうやら意味はあったようだ。少なからずディアが天然を装い、セリアリテの緊張を解す為に行った行為は筒抜けだったと言えるのだろう。しかしそれは悟られてしまった以上、その「意味」は悪い意味で……である。しかし、この聡明な貴族令嬢はそんな事を意に介さず、純粋にこれまで誰ともした事が無いガールズトークがしたかっただけなのかも知れない。
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――どんッ
「アンタ、何モンだ?」
一方でエレはサポートを「おかみ」から頼まれていたワケだが、怪しい人影を発見していた。最初は気にも止めていなかったが、大通りをゆっくりと走るランデスを先回りして付けてるような動きがあった為、エレは更に先回りして待ち伏せる事にした。そんな折にその怪しい人物が近寄って来たのである。
獲物が掛かったと踏んだエレは、そのまま怪しい人物を突き飛ばし馬乗りになって拘束したのだった。
「妾に何の用でありんす?妾が何をしたと言うのでありんすか?」
「アレを付けていただろ?男爵令嬢に用事か?どこの貴族に頼まれた?」
「くっ……。――なぁんて、諦めると思ったでありんすか?」
馬乗りで拘束されている以上、本来ならばそこから逃げ出すのであれば、相応の体格差か体重差が必要になるだろう。しかし、見た目の体格差はエレの方が大きい。そして体重差は……これは秘密にしておこう。だが、どちらにせよ、怪しい人物の方が共に劣っているのは明白だった。
しかし……
「なッ?!(何が起こった?どうやってアイツは抜け出したんだ?)」
怪しい人物は、瞬間的な早業でエレの目をもってしても何が起きたのか分からない「何か」を為し、拘束からすり抜けたのである。だが、この人物が着ていた衣服はその場に残されていた。
そこから先は鬼ごっこの始まりだが、追い掛ける男装のエレと、逃げるスッポンポンの女性。見ようによっては痴話喧嘩からの修羅場……に見えなくもないが、全裸の女性が走って逃げている姿は花嫁のパレード以上の衆目に晒されたのである。




