ep41 声(Afternoon party)
「おかみさあぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁんッ!大変です大変です大変ですうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」
……あの日から3ヶ月が経った。「あの日」と言っても「どの日?」と思われるかもしれないが、「あの日」は「あの日」であって、「あの日」以外の言葉以外で示すとするならば、「ディアが勝手に拡張した倉庫区画でエレと話しをしていた日」である。
ただの日常の1ページに過ぎないので、記憶に残らないのも無理は無い。
更に付け加えると、この3ヶ月の間、取り沙汰してピックアップされるような出来事は起きていない。それは「魔の酒場亭」が暇だったという事ではなく……いや確かに暇ではあったが、だからと言ってそういう意味ではなく、物語として紡がれる内容ではないと言う意味だ。
……悪しからず。
と……ところで話しを戻して、ディアが何故叫んでいるかと言うと、ディアは地下倉庫で転んだのだった。しかし、ただ転んだのではない。あの日のあの時、話題に挙がっていた、新たに区間を整備した洗車場でランデスを洗車していた時に、濡れた床で足を滑らせ、あろうことかランデスに頭をぶつけたのである。
そして、ディアが目眩を覚えているうちに、何かを思い出した……と、ただそれだけの事で、ディアは騒ぎ立てながら、「おかみ」の元へと走って行ったのである。
ちなみにランデスのボディに凹が出来たとか、そういう話しをしたいワケではない。
「まったく、この娘は……。優雅なアフタヌーンパーティー中でもお構いなしだね」
「貴族でもあるまいに……」と、そんな声が聞こえて来そうなモノだが、実際に貴族ではない。そして、この場には誰もいないので、「ぼっちパーティー」と言うのが正解だが、それは例のそれはそれ。これはこれ……で片付けたい。
「それで、何が大変なんだい?」
「はい。大変ですッ!洗車をしてたら転びましたッ!安全ヌッコさんも真っ青な程、激しく転びましたッ!頭から血が流れていませんか?」
何か問題発言があった気がしなくもないが、それはそれ。これはこれ。そのヌッコなる動物がこの世界にいるかどうかの話しも、それはこれでこれはそれ……である。
更に付け加えるならば、ディアの頭から血は流れていない。なので労災にはならないと……したい。
「それで?」
「おかみ」の冷たい視線がディアに刺さっていく。しかしディアは動じずテンション高めで話しを続けていった。
「わたし、思い出したんですッ!この世界で何をすべきかをッ‼さっき、ランデス君に頭をぶつけて思い出しましたッ!!」
「何を唐突な……」と思われる方はいらっしゃると思うし、「ネタが……」的な想像をされる方もいらっしゃるかもしれない。だが、そうでもしないと……げふんげふん。
さて、再度話しを戻そう。
それはディアがランデスと頭をぶつけた事が重要なファクターだった。それによってランデスとディアのパスが一時的に繋がり、意思の共有化を果たしたディアがランデスを経由して「目的」を思い出したのである。
「わたし、魂を集めなければなりません」
「――ッ?!……ほう?詳しく聞こうか?」
唐突なディアの発言に、「おかみ」は興味を示した。ディアの言い分に耳を傾け、ディアの謎を解く手掛かりを見付け出せれば……と考えたからだった。
――おねぇさん、魂を集めて。出来るだけ多くの魂が必要なんだ――
「と、ランデスがお前さんに話したって言うのかい?」
「はい、ランデス君がそう言ってました。その話しを聞いた途端、そんな気がして、思い出したんです!!」
「何をだい?」
「わたしがたくさんの魂を集めるコトです」
「おかみ」は溜め息を、深い深い溜め息を、身体の中にある「酸素」を全て吐き出す程にまで深い溜め息をついた。それから一気に吸い上げ、身体をプルプル震わせながら、ボソボソと何かを言い出したのである。
「――違う……それは……違う」
「ふぇっ?違う?違うんですか?何が違うんです?」
「それはアンタが「思い出した」んじゃなくて、ランデスから聞いた事をアンタがそうだと思い込んだだけだろがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!ふしゅるるる〜ッ!はぁ、はぁ、はぁ……」
「おかみ」の口から噴出した「怒声」……。まぁ、その気持ちは分からなくもない。結局のところ、ディアは何も思い出してなどいないからである。
拠って、謎は何一つとして解明されておらず、更に深まる事になった……。
「いやぁ、驚きですよねぇ!ランデス君って話せるんですよぉ。わたし、初めてランデス君の声を聞いたんですけど、すっごく可愛らしい声でしたッ!もう胸がキュンキュンして、ドキがムネムネするくらいムネアツ展開ですッ!」
ここはセレスティア大陸にあるアーレの城下町の外れにある「魔の酒場亭」。閑古鳥の優雅な声が普段から泣き止むことを知らない「魔の酒場亭」。
今日もこうして平和な一日が始まる――




