ep39 顛末(Bad end)
「決着は着いた。今ここでソイツを殺しても殺さなくても、長くてあと二、三年。短きゃ一年も保たないで、そのガキは死ぬ。さっきあたしに見事な啖呵を切った褒美に、死ぬまでの間はもう……手を出さないでやる。そのガキが生きてる内に精一杯幸せな思い出でも作るんだな」
「あーあ、それにこれで、あたしは飼い犬確定……か」
ヒシュン――
捨てゼリフのような言葉を残し、イシュはどこかへと消えた。しかしアメリアはイシュがいなくなる前に言い残した言葉の意味が分からなかった。そして今はその言葉の意味を知るよりも、殺されずに済んだ安心感で放心しかけていた。
こうして目前にまで迫った絶対的な死の気配は、一時の猶予を与えて去っていったのである。
――イシュとの邂逅から三日後の事。ユーベンブロイは唐突に血を吐いた――
アメリアはイシュとの遭遇をアルデバランに伝えようか迷った挙句、報告するのを止めていた。自分の目で見た物が信じられないというのもあり、そもそも雇い主になんと説明したらいいかも皆目見当が付かなかったからである。
それに屋敷はそこまで破壊されていなかったし、そもそも破壊されたエリアにアルデバランも夫人も来ることが無い。故に黙っていようと考えたのである。
しかし、ユーベンブロイの容態が悪化した事で、アルデバランに報告せざるを得なくなったのだった――
「そうか……やはり、この公爵家は神に呪われていたのだな……しかし、それでも坐して滅亡を待つ事はしない!この国の神医殿の元へ赴き、治療してもらう。絶対に死なせてなるものか」
アメリアはあの日の夜、見たままありのままをアルデバランに伝えた。当初アルデバランはその報告を訝しんでいたが、アメリアが聞いたままに伝えた「ソフィア」という名前には聞き覚えがあった。その名を聞いた途端に、天を仰ぎ見た上で「あの穀潰しめ、これまでの恩を忘れおって」と漏らしたのだった……。
アルデバランは当時、エドワードの行方を密偵を使って調べさせていた。特にエドワードが各地で女を妊娠させ、辺境の塔に幽閉して殺害していた事は入念に調べさせていたと言える。
幽閉された女の出自は常に報告書に纏められ、アルデバランの元に送り届けられていた。その中に「ソフィア・エクシリール」の名前があり、その際は顔が青褪めた事を今でも覚えている。
エクシリール家は子爵家であり、そのエクシリール家は政敵であるローベント公爵家の一派に組み込まれている。事が大きくなり、エドワードがソフィア嬢失踪に絡んでいると調べがつけば、セシルラウザー公爵家は追い落とされる可能性があった。
だからこそ根回しと証拠隠滅の為に東奔西走し、あの看守を唆し、ソフィア拉致誘拐強姦殺害事件の首謀者に仕立て上げようとしたのだが……。
後日密偵から来た報告書には、あの場には首の失くなった看守の死体と赤児の遺骸しかなく、ソフィア本人の姿は消えていた事が記されていた――
全てを知ったソフィアが生きてエクシリール家に戻り、セシルラウザー公爵家を告発しないか不安で不安で気が狂いそうだった事は、今でも忘れられず、全ての密偵が辞めていなくなるその日まで、エクシリール家には常に見張りを付けていた程だった――
こうして報告を受けたアルデバランは年老いた身体に鞭を打ち、早々に馬で駆けた。行き先は王城であり、御典医でもある「神医」の力を借り受ける為だ。
セシルラウザー公爵家の一大事と知った王は神医を快く貸し出してくれた。しかし公爵家にやって来た神医は、何もせず、何も言わず公爵家から立ち去っていった。
その顔は……地獄の門を開けてしまい、その中の禁断の箱を覗き見てしまったかのような、絶望が支配する世界に足を踏み入れたが如くに青褪め、虚ろになった目は足元を見る事も叶わず、ただボソボソと「うわ言」を呟いていたという……。
こうして、ユーベンブロイは、数カ月の後に命を引き取った。ユーベンブロイが息をしていない事に気付いたのは様子を見に来たアメリアであり、それを見たアメリアは錯乱し、誰もいない屋敷の中で必死になって誰かに対して助けを求めていた――
――これが、一人の女が叶えたかった些細な幸せの結末――
一人の不幸な女が、辿り着いた終着点で再会した我が子と、幸せな思い出を築く事が出来た、たった三年間の記録だ。
そしてこれが、今からちょうど百年前に起こった悲劇の一つである――




