ep4 クルマ(Ground destroyer)
「エレ、依頼人をディアの所に連れてっておやり」
「ディア?」
「アンタを無事に目的地に連れてってくれる娘さね。言っとくが、手を出すんじゃないよ!」
「こっちだ、とっとと来な」
一連の一方的なキャッチボールの後で、釣師は誘われるがままにエレに着いていった。
いや、黙って付いて行く一択だったと言えるだろう。そうなるとキャッチボールと言っていいのか怪しいが、それはそれ。これはこれ。
「ディア、依頼人だ。クルマ弄りはそこら辺にして顔を出しな」
「えっ?!エレさん?依頼人?ふぇッ?!そんなの聞いてな――」
「魔の酒場亭」の地下にある倉庫区画。ここにディアだけが運転する事の出来るクルマがある。ちなみにこの倉庫区画から地上に出る事は出来ない仕様だ。それはこのクルマの価値が分かる者が、容易に盗み出せないようにする為と言える。だが実際に盗み出せたとしてもクルマの仕様的に誰も運転は出来ないだろうが……。
そもそもこの世界で「クルマ」なんて言葉は市民権を持っていない。だから「クルマ弄り」なんて聞き慣れない言葉を聞いた釣師は、その表情に「?」を大量に浮かばせていた。
馬や騎獣を使った馬車や獣車はあるが、クルマとは呼ばれない。初見でクルマを見た者は、それらを彷彿とするかも知れないが明らかに外見も外装も違うのだから、正確な認知の及ぶ範囲ではないだろう。
「なんだこの、でっかいのは?騎獣用の獣車か?それにしてもこんな獣車を俺は見た事がない。龍種にでも牽かせるのか?」
「えっとぉ……貴方が依頼人の方ですね?わたしはディアで、この子は“グランドデストロイヤー”のランデス君です」
「それじゃあ、ディア。アタシは上に行ってるから、後は任せたよ。必要なデータは“それ”に送っとくから、確認宜しく」
話しを聞かされていなかった上に丸投げされたディアだったが、こんなやり取りはいつもの事なので釣師の質問を華麗にスルーすると、ランデスに乗り込み既に送られて来ていたデータを流し見していった。
「えっと、釣師のエンゲさんですね?目的地はクランシス大陸のユングの町であってますかね?」
「俺は確かにエンゲだが、クランシス大陸?ユングの町?そんな大陸も町の名前も聞いた事が無いぞ?」
「えっとぉ……クランシス大陸はここからかなり北方に行った所にある大陸なので転移門を使います。距離もそこそこ走りますけど、乗り物酔いとか魔力酔いってしたことあります?」
噛み合わない会話……と言うよりはスルースキル全開でマイペースよろしく淡々と話しを先に進めようとするディアに対して、エンゲは多少イラつき始めた様子を露骨に出していた。幸い、この場に殺気全開のエレはいない。エレには気迫からして勝てそうにない雰囲気だったが、このほんわかしている少女になら勝てる気がする。
だからこそ、「怒鳴り散らして多少、痛い目を見せてやろう」と、そんな良からぬ事を考えた矢先の事だった。
――ぞくっ
エンゲの背中を一筋の冷や汗が流れて行った。
「どうかされたんですか?それよりも、わたしの質問聞いてました?ちゃんと答えてくれないと、快適な乗り心地を提供出来ません!」
「あ……あぁ。大丈夫だ。(なんだったんだ、今のは……?)」
エンゲが感じたモノの正体をエンゲは知る事が出来ないでいた。だからこそ、自問自答した所で結論が出るワケもない。かといって再現性を確認する為に、また良からぬ事を考えるかと問われれば、再びあの悪寒を味わいたいと思うハズがないと言うのが関の山だ。
「エンゲさん、もう出発しますか?それとも宿舎とかから荷物を引き上げて来ますか?出発したらこの町はもちろん、セレスティア大陸にも帰ってこれないと思いますので、忘れ物はしないようにお願いします!」
「帰ってこれない?それは、どういう事だ?」
「その通りの意味です。エンゲさんは片送りなのでクランシス大陸へ送るだけです。それにクランシス大陸は、ここからだいぶ北方にある大陸で、セレスティア大陸との間にはいくつも海や山や大陸がありますから、自力で帰ってくるのは不可能だと思います。諦めるならそれも平気ですけど?」
「いや、俺はリュウゼツゴイを釣り上げる事が夢なんだ。釣り上げられるなら何を捨てても惜しくない」
世界地図が存在していない世界だからこそ、地名は疎か大陸すらも認識されていないのは当然と言えば当然だろう。自分たちが所属している国や町、それらを脅かす可能性のある周辺諸国くらいは認識されていても、遥か彼方の大陸やら国の知識がある筈もない。
この大陸で産まれ育ったエンゲは全てを捨て去ってまで「リュウゼツゴイ」を求めると言い、それを聞いたディアはランデスの最終調整と点検を淡々と行っていった。