ep38 高位高次元生命体(God's absurdity)
「この世とのお別れは、もう済んだか?それなら一思いに逝かせてやる」
イシュの腕に魔力が凝縮していく。凝縮された魔力は刃となり、指先から凶悪な刃が顕現していった。アメリアは我が子を抱き締めたまま、これから自分の命を奪い去る者の姿を見ようとはせず、最期の時を目を閉じて静かに待っていた。
――キシュゥンッ
「なッ?!」
アメリアはイシュが発した驚きの声に恐る恐る目を開けていく。そして、アメリア自身も驚愕したのである。
「やれやれ……この身体を傷付けるのは、やめてもらえないだろうか?」
「何モンだ、テメェッ!」
「異界の神に名乗る程のモノではないし、名乗って手の内を明かすような事はしないモノだろう?それとも汝は名乗るのか?」
「へっ!違いねぇ。だが、敢えて名乗ってやる!あたしは、イシュ。イシュ・タリバリウムだッ!覚えとけこの野郎!!」
イシュが二人を穿く筈だった魔力の刃は、抱き締められながら手を伸ばしたユーベンブロイの指先の、更にその先で弾けて消えていった。
「ユートリアお坊ちゃま?」
「勇ましいものよ。異界の女神イシュ・タリバリウム。だが、それでも尚、こちらが手を明かす事はせんよ。さて、母御よ……少し苦しい。この手を離してもらえるかな?」
「えっ?!あ……はい。ごめんなさい」
アメリアの腕という拘束具から解放されたユーベンブロイは、そのままフワフワと宙を漂い、「後ろに下がっていなさい」とアメリアに忠告すると、アメリアとイシュの間に割って入っていった。アメリアは声を圧し殺していたが、その顔には明らかな動揺と困惑が奔っている。
「テメェ、どこの高位高次元生命体だ?そのガキがテメェの依り代ってコトか?」
「手の内を明かすような事はしたくないが……まぁいいだろう。少しだけ明かすとしよう。この身体は私の依り代ではない。そして、この身体は私が連れて来た転生者のモノだ」
「(依り代?転生者?ユーベンブロイはわたしが産んだわたしの子供……一体、どういう……?)」
「この世界の不条理を……神々の遊びを終わらせる為にこの者は連れて来たのだ。だから、この段階で死なせるワケには……私としてもいかないのだよ。と、言っても……帰ってはくれないのだろう?」
「あったりめぇだッ!そのガキを殺らなきゃ、ソフィアの未練は晴れねぇし、あたしの溜飲も下がらねぇ!神々の遊びなんざ、あたしには関係ないッ!」
この時のイシュは恐らく、「神々の遊び」の本質を理解していない。だからこそ、目の前のターゲットのみに固執していたと言える。
「やれやれ……それでは私の力を以って、ご退場願うとしよう。女神イシュ・タリバリウム」
「やれるモンならやってみなッ!あたしはそんなに弱くはねぇんだよッ!」
アメリアは目の前で繰り広げられる人外の戦いに恐れを為していた。宙に浮き、猛烈なスピードでイシュの放つ攻撃を躱し、イシュの間合いに入ったユーベンブロイは強烈な一撃を幾重にも見舞っていく。それはまさに一方的に殴られるサンドバッグの様子である。
対するイシュはその一撃の連打でサンドバッグになっても尚、膝を折る事なく雄叫びを上げると、吹っ切れたように魔力を濃縮し、一点に凝縮し、濃密な魔力塊を形成していった。
「やれやれ、まだ力量差が分かっていないのか……。蛮勇は女神にはあるまじき力だと知らないようだな?」
「やかましい!この一撃でこの屋敷ごと、全てをふっ飛ばしてやるさッ!グラビテ……」
――キシュンッ
「――無駄な事を」
「なッ?!あたしの魔力が……消え……」
――どごぉッ
「ぐふッ……テメェ……一体何を……した。あたしに何をしたあぁぁぁぁぁぁッ!」
イシュが一点凝縮した魔力塊は突如として弾けた。理由が分からず驚愕していた所に、追い打ちともいえる強烈な体当たりを受け、イシュは更に吠えていた。
……が、勝敗は着いていたように思える。力量差ははっきりとしていたからだ。だからこそ、イシュは最後の悪あがきに出たのであった……。
――シュッ
「何をしようと、私に汝の攻撃は……」
――バシュンッ
「あたしの力じゃなきゃ効くんだろ?」
「ぐ……抜かった。より上位存在の力……か。今回は引こう。だがいずれ、この神々の遊びは終わらせてみせる」
イシュの悪あがき。それは小さなダガーのような……魔力で編まれた円環刃だった。その力はイシュが持つどんな権能よりも強く、その結果、ダガーの持つ権能がユーベンブロイに通ったのである。
力を失い、宙に浮いていたユーベンブロイは廊下へと着地した。
「待って!待って……下さい。お願いですから、この子を殺さないでッ!殺すなら私だけにして……下さい」
戦いは決着し、イシュは勝ち、ユーベンブロイを操っていた何者かは負けた。それはユーベンブロイの死を意味すると悟ったアメリアは再び、決死の覚悟で守ろうとしたのである――




