ep37 啖呵(Hunting time)
「い……イヤです!絶対に殺させはしませんッ!」
「へぇ……本当に肝っ玉だなぁ。でもそれに免じて……とはいかねぇんだ。……残念ながら。まぁ、アンタがこの家の血筋のガキを差し出さないなら、この屋敷ごと全部ふっ飛ばすか……いや、そしたらアンタも死んじまうな。ならこうしよう。あたしがこの屋敷の上の部屋から一部屋一部屋探すから、その間にそのガキと逃げ果せればアンタの勝ち。逃げらんなければ、ガキの命は貰っていく」
「嘘をついたら許さない……ですよ」
――ダッ
にたぁ――
「へぇ、そっちか」
突如として現れた招かれざる客の招待はイシュである。イシュはセシルラウザー公爵家に絡む全ての血筋を排除したつもりだったが、その時にまだ産まれていなかったユーベンブロイは見落としていた。
アメリアがエドワードと共に行動していれば、その際にお腹の中のユーベンブロイ共々処分されただろうが、エドワードの正室でも側室でも妾でもないアメリアは、長男の正室とは異なり純粋にターゲットにすら入っていなかった。ちなみに、次男の正室・サリーナの使い込みに関して、イシュは関与していない。
イシュはこの数年、自由気ままに暮らしていたが、完全に消失したソフィアの記憶と未練はその内に宿したままだった。時折ふとしたきっかけで蘇るそれらによって、憤怒の種火は燻り、灼熱の業火がその身を焼き、幾つもの国や都市、町や村が八つ当たりに遭って消失した。
そんな日々を送る最中に、イシュはエンと出会うが、それはそれ。これはこれ。
今回イシュはエンとは完全別行動であり、自分の中で燻るソフィアの未練がこれ以上燃え広がらないように、更にはあの時の溜飲を下げ切る算段を付ける為に、因縁のセシルラウザー公爵家へと下見がてら出向いた次第だった。
そして、違和感を悟る――
違和感を察知してからは迅速に行動し、たまたま廊下にいたアメリアに白羽の矢を立てた。
尚イシュは、セシルラウザー公爵であるアルデバランとその正室・アストレアに手を出すつもりはない。エドワードの実の両親であるこの二人には、惨めに且つ無様に死に絶えてもらい、その死の際で高笑いし、エドワードに虐げられたソフィアの無念を晴らすのがイシュが描いた復讐劇だからである。
「お坊ちゃま、ユートリアお坊ちゃま。起きて下さい!あぁダメ……起きない。それならこのまま連れて逃げる」
アメリアは我が子を抱き上げると、腕で包み込むように抱え走った。階下へ繋がる階段を飛び降り、廊下をひたすらに走った。
もう六歳とはいえ、成長は遅く体重が軽いのが幸いしたと言える。だが、もしこれが仮に重くても必死な事には変わりがないだろう。
「見ぃつけた。それじゃ、そのガキの命は遠慮なく貰ってくね」
「嘘……こんなに早く……偽りましたね?」
「これは心外だなぁ。あたしがこんな戯れに嘘を吐くとでも?まぁ、例え嘘だとしても、アンタに証明は出来ないし、そのガキの命が尽きる事に変わりはないんだけどね」
「神様……助けて下……さい」
「ざぁんねん。その神様は、あ・た・し。あたしこそが神様の化身。だから、そのガキが死ぬ事は神様が決めたコトなの」
絶句に尽きる一言だった。「自分こそが神である」そんな言葉を吐くのは大体が酔っ払いか狂人であろう。だからこそ、自分の目の前にいるこの女性が神とは到底信じられない。いや、信じたくない。信じられるワケがない――
逃げ出そうとするアメリアの通り道を、イシュは楽しそうに阻んで来る。じわじわと後退りした為、もう階下へと繋がる階段からは遠ざかっていた。このまま反対側の階段へ向かっても、直ぐに追い付かれてしまうだろう。
アメリアは「打つ手無しの万事休す」だとしか言えない状況に追い込まれていた――
「じゃあ、そろそろ命を差し出してもらおうか」
「くっ……絶対に殺させない」
「アンタは見逃してやるって言ったのを本当に信じてるワケ?そんなに庇ってると、見逃せなくなっちゃうよ?いい加減諦めたら?」
「諦められる訳がないじゃない!あたしがお腹を痛めて産んだ子だッ!訳も分からないまま連れさらわれて、やっと再会出来た我が子だッ!子供の成長を諦められる訳ないじゃないッ!」
「へぇ……アンタ、誰かに孕まされて産んだクチか。そうかそうか、この家の隠し子ってヤツだな。それなら……気が変わった。アンタ共々そのガキの命を奪う事にするよ。あたしに向かって吠えた気概に免じて苦しまないようにしてやる」
「ユーベンブロイ……ごめんね。貴方の成長を見届けてあげられなくて……」
絶対なる死が目の前にある。幾ら声を上げ吠えても助けなど来ない。この屋敷の中には自分達親子しかいないのだから……。
アメリアは涙ながらに我が子に謝り、イシュに背を向け最後の最後まで抵抗していた。為す術無く連れ去らわれた、あの日の後悔を再現させないように――




