ep34 願い(The prohibitions)
「キミには本当に済まない事をしたと思っている。どうせエドワードの事だ……同意の上ではなく、無理にキミを孕ませたのだろう?だが……そのお陰で、セシルラウザー公爵家はユートリアを得られた。キミはあの子の母親だろう?ユートリアを追ってここまで来たのなら大したモノだ。しかし、ユートリアは返せない。返せと言うなら相応の金銭を払って示談としたい」
「ユートリア?わたしの子供の名前はユーベンブロイ……です。……金銭は要りません。その代わりに、わたしをユーベンブロイと共に生活させて下さい。あの子の成長を見届けたいんです。それに、あの子がここで暮らせるのなら村に連れて帰るよりは、よっぽど幸せになれると思います……から」
「子供の幸せを願う……か。……ならば条件がある。それをキミが飲めるなら、その希望を認めよう……」
アルデバランはアメリアの足元を見る事なく、対等と思える条件を提示した。本来の公爵家と村娘との間で取り交わされる条件では、考えられないような内容と言える。それは偏に、アメリアに対する申し訳なさと、連れさらわれた我が子を追い掛けて来た母親として、肝の据わったその「気概」に対しての「褒賞」とでも考えたらいいだろう。
しかしその中で、アメリアがどうしても納得出来ないモノが一つだけあった。
――今後、「ユートリア」以外の名前を呼ぶ事を禁ず――
「ユーベンブロイ」は母親であるアメリアが子供を想い、希望を託して付けた名だった。だからこその抗議だったが……結果は覆せない。何故なら、もう既に「ユートリア」という名で王家にも届け出を出しているからであり、今更名前の変更をしようモノなら、余計な詮索をされるのが関の山である。
最初から「ユーベンブロイ」という名前を知っていたなら兎も角、あの日のあの状況でわざわざ赤子の名前を聞いてから奪うような真似は誰であってもしないだろう。
故にこればかりはもう、どうしようもない事だった。
しかし、それ以外の事は、あの貧村で絶望に耐え、日々の暮らしの為に必死になって働いていたアメリアからすれば、造作もない事でしかなかったと言える。
だがこの屋敷でユーベンブロイと再会したアメリアは、予想だにしなかった事態を目の当たりにしたのである――
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ソンブレラ評議国は一夜にして滅んだ。表向きは数万にも及ぶ獣達の大暴走であり、それが公式の見解とされた。それ故にクーラ大陸にある他の国々はその見解に触れた途端、「次は自国の番かもしれない」と戦力の増強に努めだしたのだった。
しかし却ってその事が、これからクーラ大陸全土を戦火に巻き込んでいく事に繋がるのだが、それはそれ。これはこれ……である。
「おい!バカ飼い主、あの国のアホザル共は無事にちゃんと一片の漏れもなく滅ぼして来たぞ。それでこっちの準備はちゃんと進んでるんだろうな?」
「まったく……合流するなり……。はぁ……この飼い犬は礼儀も言葉遣いも本当に何もかも知らないようだね。まぁ、いいさ。ワタシは寛大だからね。その程度の無礼、見逃してあげよう」
「バカ飼い主のクセに、何様だよ!……それで?ここの国もサクっと滅ぼしたら次はどこにするんだ?エレがいるアーレにでもするか?」
“イシュエン”の次なる標的はキーレス大陸にある聖王国・イリステアリム。ソンブレラ評議国でイシュに威圧されたエンが次なる標的として準備を進めていた国だ。そしてイシュは、もう聖王国を滅ぼした気になっており、次なる標的に思いを馳せるように、「魔の酒場亭」があるアーレを指名した。
「いや、あの国は後回しだ。ワイバーン大隊と、数は少なかったが疑似大暴走を殲滅したのがエレじゃないなら、下手に手出しは出来ない。優秀な飼い犬からの提案でも賛成は出来ないな」
「あたしがこの依り代に落ち着くまで、こちとらエレには三度敗けてんだ。その度にあたしは依り代を失って、丁度いいのを探すのに手間暇掛けさせられたんだ。そろそろエレのヤツも、長年使ってる依り代を替えさせられて、苦労の味を知れってんだッ!」
「まぁ、あっちには厄介なティアもいる。滅ぼすには色々と準備しないと……あ〜ぁ、飼い犬がもっと役に立つ人材だったら、ワタシもこんなに苦労しないんだけどなぁ……ちらッ」
――プルプル
「やっぱりアンタも一回、依り代を壊されて困った方がいいんじゃないかな?なんなら、あたしが手伝ってあげるけど?」
ソンブレラ評議国ではガチのマジギレをしていたイシュだったが、その憤怒は現状に於いて鳴りを潜めている様子だった。だからこそエンは、イシュの今の様子から少しばかりホッとしていた。
ソンブレラ評議国を滅ぼし、合流しても尚あの状態を引き摺っていたら……と思うと、この先も思いやられる事間違い無しであって、計画は難航する事になる。最悪の場合、イシュに替わる人材を勧誘する必要もあった。
それ故に自分の無い胸を撫で下ろしていた――




