ep32 未練(Many thanks)
「なぁんだ、てっきり本人じゃないから、気付かれて拒絶されたのかと思ってヒヤヒヤしたさ。本人はもう、精神が薄弱になり過ぎて、アンタと会話するのも難しそうだから、アンタがこの身体にハメて交わってる間に入れ替わろうと思ったんだけど……ヤる事自体を拒絶されたんじゃあソフィアの本当の未練が断ち切れないじゃないのさ。でもまぁ、いっか。アンタに一目会えるだけで満足してもらうとしよう。ソフィアも最初はそう言ってたし」
「な……何を言って……?」
……たらッ――
「ア……ア……ア……ドワ……ド…………さ……」
ソフィアとイシュが入れ替わった瞬間、ソフィアの瞳から涙が一雫流れ落ちていった。だが、イシュと一つの身体で同居していたソフィアの精神は、大きく強過ぎるイシュの存在によってすり潰され、その魂は純粋なエネルギーとして消費され続けていたのである。
それでもエドワードを一目見たいと願うソフィアは、最後の力を振り絞って身体の支配権をイシュから譲ってもらったと言える。
「う……うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!来るなッ来るなッ来るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
だがこれが、二人の感動の再会になる筈もなかった。精神薄弱なソフィアの目は虚ろで、紡ぐ言の葉はアンデッドを彷彿とさせる。そして、全裸のソフィアの股からは一筋の鮮血が垂れていた……。
その異様な姿にエドワードは取り乱し錯乱し、この場から逃げ出そうとするも、腰が抜けたのか立つ事は疎か、這って逃げようにも先へはなかなか進めない様子だったと言える。
その顔は酷く歪み目は窪み、かつての美貌は消え失せ、滲み出ていた聡明さに至っては既に見る影も無い。
「な…………ぜ…………に……る…………の?」
「何故逃げるの?」それはソフィアが最後に口に出した言葉だった。その言葉を皮切りにソフィアの脚からは唐突に力が抜け、倒れ込む寸前にイシュが身体の支配権を戻した事で、既の所で脚を踏み込み、どうにか身体に土を付けずに済んだようだ。
「本当のアンタまで拒絶するなんて……さぞ辛かっただろうね。――ソフィア……完全に消滅するまで、もう外に出る事なく……あたしの中でゆっくりとおやすみ」
“あり……がと……ぅ…………”
――ギロッ
「ヒィッ!ち……近寄るな!こ……この私を誰だと思ってる!わ……私はこの国の大貴族セシルラウザー公爵家の者だぞッ!」
「うっせぇんだよッ!人が感傷に浸って、ソフィアを憐れんでやってる時に、外野がごちゃごちゃと。ちったぁダマってろッ!ブッ殺すぞ!」
「ヒィィィィィ」
「人間達の好いた惚れた切った張ったなんざ、あたしにはこれっぽっちも興味無いが、アンタがソフィアにした仕打ちには反吐が出る。このまま放っといてもアンタは勝手に苦しんで死ぬだろうが……チッ、あぁ……だからこそアンタが犯した罪はアンタがさっき高説を垂れた一族に受けてもらうとする。……それで手打ちだ」
エドワードは病に冒されていた。生娘ばかり選んでいた頃はそこまで心配の無かったこの手の病気も、泣き叫ぶ女なら誰でも良くなった事が災いして感染していた。
それは即ち、性病である――
イシュはそれを見抜いていた。だが、ソフィアが先程エドワードと交わっていたとしても、イシュが身体を支配すれば病気に罹患する心配はない。
故にソフィアの最後の願いを聞き届けようとしたのだが、それも無に帰した。
「ま……待ってくれ。公爵家に何をする気だ?公爵家が滅べば、金が失くなる。そうなれば……私は生きていけ……」
――ぼとッ
「あたしの肌に触れるな、下郎ッ!……あッ……汚物に触られて思わず。あーあ……やっちまったモンはしゃーないから、まぁいっか!」
肌を直に触られたイシュはエドワードに文句を垂れる前に、反射的にその首を切り離した。だが、よく考えてみて欲しい。服を自分から脱ぎ捨て、その後一切着ようとしないイシュにこそ、不用意に肌を触れさせた責任があるのではなかろうか?
よってイシュに、エドワードを責め文句を言う筋合いはないだろう。しかし、それはそれ。これはこれ。
そんな八つ当たり的な何かで首を刎ねられるのは、流石に「可哀想が過ぎる」と言いたくなるが、これから性病で苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死ぬ道か、懸賞首として捕まり数多の拷問を経て極刑に処される道か……そのどちらかしかエドワードにはなかったのだから、一瞬の内に苦しまずに死ねたこの男は、少しばかり幸福だったのかもしれないとは言えないだろうか……。




