ep3 情報(Rainbow scales)
「先にアンタに言っておく事がある」
それは釣師の男が最初に魔の酒場亭に来てから3日目の夜の事。
この日は「おかみ」の気分で酒場をオープンさせなかったと言うよりは、釣師の男を呼び寄せたから酒場をオープンさせられなかったと言うのが正解だろう。
魔の酒場亭に鼻息を荒くしながら揚々と入って来た男は、早々に口を割った「おかみ」からの「先に言われなければならない事」とやらに出鼻を挫かれた形となり、肩透かしを喰らったように肩を竦めるに至った。
「俺は何を言われ――」
「こっちが得た情報を1つでも聞くなら、契約書を交わした上で先に金を払ってもらう。だから情報を聞いた後でアンタが『やっぱり止めたから払わない』は通用しない。金を払って情報を得た上でアンタが止めるのは勝手にすればいいがね」
「ちなみにその情報とやらは、いくらだ?」
「金貨5枚。これには情報料と現地までちゃんと安全に送り届ける運賃も入っている」
それは法外と言えば明らかに法外な値段であり、釣師の男は顔を引き攣らせて抗議の視線を送りかけていたが、エレから放たれている殺気を感じ取ったのか、思い留まった様子で黙って頷いていた。
「これが契約書だ。納得したならサインをして、金を払いな」
男は――顔には「納得しかねる」と書いておきながらも「おかみ」からペンを受け取ると、見事なサインを契約書に書いた上で金貨を乱暴にテーブルに叩き付けた。
バンっと店の中に木霊する音を尻目に、店の女2人はポーカーフェイスのままであり、納得出来ない男のその口が開きかけた時に「おかみ」の声が店の中に響くに至る。
こうして二回目の肩透かしを喰らった男は当初、嫌味の一つでも言おうとしていたのかは分からないが、強制的に閉口させられる結果になったのだった。
「じゃあこれから話すのが『情報』だ。紙に書いたりするのは認められない。聞いた後の行動はアンタの自由だ」
エレは男の真横にいた訳ではないが、ごくりと男の喉が鳴ったような気がした。先程のように、もう殺気を飛ばしてはいないが、この店に用心棒としても雇われている手前、男の一挙手一投足には目を光らせているのは当然と言えるだろう。
しかしその一方で金を払った以上、後戻り出来ない男から溢れる決意のようなモノを感じ取り、殺気を消したのも事実だった。
「先ずはコイツの名前から話しておこうかねぇ。アンタが知ってる名前かどうかは知らないが……。この写真に写っているヤツの名前は『リュウゼツゴイ』と言うそうさね」
「俺の知らない名前の魚だな。だが、実際に存在しているという事だよな?」
「先に一つだけ間違いを訂正させてもらうとするかね。コイツは『魚』なんかじゃない」
「おかみ」は敢えて『魚』という名詞を出さずに「コイツ」やら「ヤツ」という風に表現していたが、それは敢えてやった事。ここで「魚」という名詞を出してしまう事が偽情報になる為だ。
当初「おかみ」も写真を見た時に「魚」だと思った訳だが、調べた結果これは「魚」ではない事が判明し驚きを隠せなかったのは事実と言える。
「魚じゃない?何を言ってるんだ?どう見たって魚だろう?」
「コイツの名前は『リュウゼツゴイ』。そしてコイツは魚類種じゃなく、魚竜種だ。要は魚じゃなくて竜だ。アンタが持って来たこの写真の姿は幼体の時……成体はコレだそうだ。この魚竜種、名前を『リュウゼツガ』。かつて一つの国を壊滅寸前まで追いやった個体もいるくらいに凶暴な魚竜種さ」
「おかみ」が『リュウゼツガ』の写真――ではなく、絵を男の前に置く。幼体の『リュウゼツゴイ』に対して成体の『リュウゼツガ』では面影が少し残る程度だが、別物と言われれば納得出来る程の体格差がそこにはある。
エレはもう一度喉の奥に飲み込まれていく、ごくりという音の残滓が聞こえた気がしていた。