ep28 契約(The ishtar)
――男は清楚で凛とした女と出会った。年齢は自分よりも一周り以上歳下であろう。だが、欲望を掻き立てるその肢体に触れたい衝動に駆られていた――
――どうすれば……何を……どんな甘美な言の葉を紡げばこの女は今までの女達と同様にこの腕に収まり、身も心も捧げてくれるだろうか?そしてこの女は自分の腕の中でどんな風に悶え媚び、どんな味を以って、どんな快楽を以って愉しませてくれるのだろう――
聡明な男は一人の女を堕とす為に全身全霊を以って策を練り、策に嵌り罠に懸かった女は、男の為に誠心誠意尽くし純潔を捧げた上で、快楽と言う名の淫靡な情欲に堕ちていった。
そして、例のスパイラルへと放り込まれる――
「ねぇ、エドワード様?ここはどこでしょう?私達夫婦と、これから産まれてくる子供と三人で幸せに暮らす新居には、まだ掛かるのですか?」
「そうだね、ソフィア。もう少しで到着するから寝ていなさい。それにキミのお腹の中には子供もいる。子供にも、ソフィアの身体にも障ってはいけないからね。今はゆっくりとおやすみ」
「はい……エドワード様。あの……この子が無事に産まれたら、またいっぱい愛して下さいましね。私は今この時も、エドワード様を感じとうございます。この身を委ねとうございます。私の中をエドワード様の精で目一杯満たして欲しいのです。私は……こうしている時でも貴方様が欲しくて欲しくて堪らないのです」
「あぁ、そうだね。無事に子供が産まれたらまた、快楽の虜にしてあげるさ。その時は一杯感じて、いい声で哭いておくれよ」
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「エドワード様ッ!これは……これはどういう事でございますか?何故、私を閉じ込めるのですかッ!これから産まれてくる赤ん坊と共に三人で幸せに暮らすのではないのですかッ!エドワード様ッ!エドワード様ァッ‼――どうか……どうかお願いですから、答えて……下さい。私に至らぬ事があるのなら、ちゃんとお応えしますから……」
「ちゃんと見張っておけよ。子供が産まれるまではいつも通り。産まれてからもいつも通りだ」
「はッ!」
こうしてエドワード・ライン・セシルラウザーは新たに色欲を満たす為の狩りへと向かっていった――
その後、塔に幽閉された三日後に……精神的、肉体的に負荷が掛かり不安定になっていたソフィアは、赤ん坊を産み落とした。だが、その命は最初の息吹を果たす事も出来ず、目を開けることもなく……生まれ落ちたその時にはもう、その短過ぎる生涯を終えていた。
ソフィアは絶望の縁に立たされていたと言える。純潔を捧げてまで愛した者に裏切られ、身籠った「愛の結晶」と言えるその命は砕け散った。
ソフィアの人生は一人の男の快楽と色欲の為に、全て無に帰されたと言っても過言ではないだろう。だが、ソフィアは身体の疼きを止められなかった。裏切られたと分かっても尚、エドワードを求め欲し、エドワードが帰って来て再び幸福な夢を見させてくれると信じて一人、その肢体に迸る疼きを自慰で収めていた。
そこにエドワードと出会った時の清楚な姿は一切無く、あるのはただ男を誘惑する甘美そうな肢体だけであったと言えるだろう――
そんなソフィアがエドワードを想い狂い咲く行動に対し、情欲の衝動に駆られた者が一人……その男はソフィアの声に耐えられずエドワードの言い付けを破り、夜な夜なソフィアを陵辱したのである――
愛する者には無慈悲に裏切られ、愛する者との結晶は無残にも打ち砕かれ、愛する者以外の男には辱められ羞恥の限りを尽くされた……それでも尚、愛する者の帰りを待った哀れな女は、ある日、人外の声を耳にした――
「その身体を、あたしに捧げる気はあるかい?もしも捧げてくれるなら、キミの望みを叶えてあげよう」
「こ……この身体は穢れています。もしこんな私の穢れた身体で良ければ、捧げる事は一向に構いません。ただもう一度、一目でいいからエドワード様に会わせて下さい。あわよくば、エドワード様にもう一度でいいから抱かれたい……です」
「ならば契約は成立だ。キミの望みはちゃんと叶えてあげるよ。そのエドワード某くんが再びキミを抱くかは別として、エドワード某くんがキミを……キミの身体を望むなら、捧げられた身体をあたしが使っていたとしても抱かれてあげようじゃないか。まぁ、その時は身体の支配を一時的にキミに譲るからしっかりと愛されて快楽に溺れてくれれば、未練はないってコトでいいよね?」
「はい……それで構いません。私の穢れた身体をエドワード様が再び愛して下さるかは分かりませんが、それで私の未練はなくなります……」
こうしてソフィアの身体は高位高次元生命体のモノになった。そしてソフィアを依り代としたイシュは人知れず姿を消した……。
半ば崩壊し掛かった塔の中には腐敗し、朽ち果てた赤ん坊の躯と、塔の外には首がなくなった男の亡骸だけが残される事になったのである――




