ep25 檻(Divine authority)
「ほう?それは興味深いねぇ。エレ、アンタは何を見たって言うのさ?」
「あそこにあった全ての躯から、残留魔力と魂……その全てが失われていた――」
一部の先天的特性に因るモノを除けば、この世界に生きる全ての動物と一部の植物が持っている魔力という力。更には、先天的特性云々以前の問題で、全ての生物が有している魂というエネルギー塊。
それは微生物から植物、獣、人間に至るまでの一切の例外も無く全てが大小の差はあれど有している。
動物が死んで躯になれば、その体内に含有されていた魔力は分解され、大気中に放出される。そこに至るまでの過程で世界に滞留している魔力を“残留魔力”という。
一方で生物が死んで躯になれば、死ぬまでその内に留め置かれた魂は、一時の滞留を以って、世界の根源へと回収される。
――それら全ての残留魔力が、大隊の飛竜種から失われていたと……、そして、被害にあった全ての生物の魂も同様だったと、エレは「おかみ」に告げたのである。
それは即ち、一切の例外もない全ての生物である。
エレは“冥府の主人”を母体に持つ高位高次元生命体の権能を有している。その為、死した肉体から解き放たれた、魂の大小問わず、根源に回収される前にそれら一切合切を彷徨わせる事なく檻に閉じ込めるという権能を持つ。しかし、そのエレが迷える魂を発見出来なかったという事実が、エレを苦悶の表情にさせていた。
世界の不文律とされている事象を、その目の前で無かった事にされたのと同義なのである。これ以上の衝撃が、“冥府の主人”にあるだろうか?
「その場にあった全ての魔力と、魂を喰ったって事かい?」
「あの惨劇のあと、魂喰いがあの場に偶然にも現れて、あの膨大な量の魂と残留魔力を喰ってないなら……ね」
「そんな事があれば、伝説級級の化け物が帝国か、このアーレの城下町を襲ってただろうが……良いか悪いかそんな情報は来ていないさね」
“冥府の主人”としては、その報告があった方が良かったのかもしれない。その方が辻褄が合うからだ。だが、些細な希望は「おかみ」の一言で粉砕され、踏み躙られるに至る。
拠って「おかみ」はエレの表情から、その全てを察する――
「なら結論は……「ディアが喰った」って事になる。なぁ、おかみさん……。いや……、この話しは辞めとこう……縁起でもない――」
「まぁ、そん時はそん時さ、なんとかなるさね。あぁ、そうそう。話しは変わるが、アンタは倉庫区画に最近足を踏み入れたかい?」
「おかみ」はエレの意を組み話しを変えた……ように見えるが、実はそうではない。一つの可能性をエレに示そうとしたのだった。
「倉庫区画?いや、所用で掃除に行ってたから、暫くは行ってないが、何かあったのか?」
「大きくなってるのさ。文字通り、そのまんまの意味で」
「はっ?意味が分からないが、工事でもしたのか?」
ここで「おかみ」は、エレがいない間に来たアホ……もとい、アコウを連れて倉庫区画に降りた際の話しをしたのである。
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「なるほど……。おかみさんは、ディアが取り込んだ残留魔力と魂を使ってやったと思ってるワケ……か。それなら……」
「魂が報われない」――魂はエネルギー塊とはいえ、世界に取り込まれ再生する事によって新たな生物の糧となる。それが失われたと言っても過言ではない状況に、“冥府の主人”としては、思うところがあっても可怪しくは……ない。
ちなみにエレが檻に入れた魂もまた、新たな生物の糧になる事はないが、エレ的にはそれはそれ。これはこれ……だろう。そんなエレに言い訳をさせるなら、「無尽蔵に全ての魂を檻に入れるわけではない」とでも言いそうである。
「実際に、クロック峡谷から帰って来た直後のディアの内在する魔力は膨大過ぎた。休ませてみても変わらない。だが、ここに戻って来てから日を追うごとにその総量は減っていったのさ。まぁ、あそこまで膨大過ぎれば、いつ暴発しても可怪しくないとヒヤヒヤしたんだがね……」
「ディアは何をする為に、ここに現れたんだ?」
「そんなの分からないさね。ただ、何かの目的があってここに来た……だけど、何の目的かは知らなくても、何かあった時になんとかしてやれるのは、神の権能を有するアンタしかいないんじゃないかぃ?」
「それを言ったら、アタシより強い権能を持ってるのは、おかみさんの方だろ?まぁ、アタシはおかみさんの名前を言いたくなんかないから、言わないけどさ……」
二人の疑問は解決したようで解決していない。だが、これからの方針はなんとか成り立っていた。この世界に於ける、前代未聞のミッションはこうして幕を開けようとしていると言っても、過言ではない……だろう。




