ep24 殺戮(Bad mood)
「ディアは……」
「ディアわ?」
――ごくりッ
「ディアは……」
「ディアわ?」
「読んでもよく分からんかった……です」
毎度の事ながら、これでもかという程盛大な音を立ててズッコケる音が響いていった。「おかみ」がこれを敢えてやっているのかは、定かではない。恐らくツッコんではいけないだろう。
「熟読したんじゃなかったのかいッ!」
「当て嵌まるような記述があるにはあった……でもそれが、本当にディアに当て嵌まるのか分からない」
「それは何だってのさ?」
「高位高次元生命体……」
「やっぱり、それしかないのかねぇ……」
「おかみさんは、ディアの身体を調べた事はあるか?」
百聞は一見に如かず。いくら机上の空論を仮説と共に展開したところで、現物に勝るものは無い。エレは、「おかみ」がディアの身体を調べていないなら、「そうするべきだ」と主張するべく持論を展開した。
ちなみに、エレがその立場なら「セクハラだ」と騒ぎ立てる事は間違いがない。
「とっくに調べたよ。服の上から触らせてもらっただけだがね……。翼や尻尾は疎か、身体はヒト種そのものさ。ただね……唯一違う箇所が“耳”さね」
「耳?そういやアタシはディアの耳をまじまじと見た事がなかった気がする……。ディアは一体どんな耳を?」
他人の顔のパーツの形など正確に覚えている者などいない。(※断言はするが異論は認める)加えて、自分の身体のパーツですら、正確な姿形を説明出来る者などいないとも言える。
そもそもディアは普段から耳を隠している。興味を持って見ようと思わなければ、見たとしても意識下にも残らない……と言うのが人間の性質だろう。
「根元はヒト種に近いが、先端にいけばいく程、エルフ種特有の形になる」
「それは、ハーフエルフとは違うのか?クォーターでもいいが」
「違う。ハーフでもクォーターでも上半分下半分みたいな、半分ずつ両親の象形が耳の形状に現れる……なんて事はないさね」
これは遺伝の話し。深い話しになるので気にしなくていいと思うが、耳の形状に限らず、肉体に於ける様々な部位が上半分エルフ、下半分ヒト。上半分ヒトで下半分エルフ。みたいな事は起こらないという事だ。まぁ、それはそれ。これはこれだ。
「しかし……依り代の形態を変える程の存在……。だから高位高次元生命体って答えになるってのかい?アンタみたいに……」
「別にアタシはこの依り代を変質させるつもりはないさ。――あのバカみたいな事はしない。しかし……、仮にそうだとしたら、ディアは想像以上の化け物“神”だろうね」
「それは……クロック峡谷の惨状からの判断かい?」
クロック峡谷の惨状……エレは所用で現場を掃除して来たからこそ、降り立った時にその特異さに身震いした。それと同時に「自分にもこれと同じ事が出来るのか?」と自問自答していた。
それほどまでの異様な光景。惨劇が起こった場所は総じて異様に映るものだが、アレはそれとは一線を画したその“一線”すらも掻き消してしまう程の大差を感じさせるモノだった――
「あぁ、あれは完全に殺戮を楽しんでるヤツの殺し方だ。命の奪い合いに興じた挙句、結果として相手を殺す方法じゃない。おかみさんの事だから一部始終を見ていたんだろ?なぁ……アレは本当にディアが一人で……しかも素手で殺し尽くしたのか?」
「そうだねぇ。近距離は素手で引き千切り、中距離は異様な速度で間合いを詰めて捩じ切る。空を飛んでるヤツは魔術の鎖で地面に落としてから振り回す。結果として、あの場にいて、アレを見た人間達は発狂していたねぇ。あれは人智の及ぶ戦い方なんかじゃなかった。アンタと同じ人外の戦い……なんだろうねぇ……」
「アタシにアレと同じ事が出来るかどうかは散々考えたさ……。でも、それだけじゃないんだ、おかみさん。あそこの特異さはそれだけじゃないんだ。見ていただけじゃ絶対に気付けないと思うけど……」
エレの口調は段々と重くなっていた。それは実際に見たからこそ言える内容で、見ていたじゃダメだという。だからこそ、現場を見た事がない者には決して理解出来ない……とでも考えているかの様な重々しい口調だ。
そこにいつもの不機嫌そうな表情は一切ない。ただただ苦虫を噛み潰した余韻の、気持ち悪さだけを引き摺らせる様なナニカを見たという事なのだろう。




