ep20 輪舞(Safety work)
「ぐわぁッ。頼むッ!エリス、マジでヤバい!早く回復してくれッ!」
「分かりました、ギンさん。もう少し耐えて下さいね。“我、偉大なる神のお導きにより力を賜りし者……”」
「まだか?そろそろ本格的にヤバい……」
「まったく盾役のクセにだらしないわねぇッ!エリスが詠唱してるんだから、男なら黙って待ってなさいッ!」
これで盾役のギンが落ちれば、戦況はギリギリのジリ貧から一気に暗転し、命の危機が危ぶまれる事態になる。エリスは最後に残された頼みの綱の回復魔術の詠唱を始めるが、「よくて一回」と話していたのを思い出して欲しい。
要はセルンと同様に魔力切れ寸前だったのだ。しかし持ち前の「メガ・ポジティブシンキング」とも言える絶大なる希望的観測に頼って、「本来ならば使えないけど、この場合は強がってでも、後もう一回使える事にしよう!運が良ければ使えるハズだから」的なヤツだったと言い換える事が出来る。結果的に「よくて一回」の「よくて」は、「もう無理」と同義だという事になる。なので、詠唱を引き伸ばし、ギンに気付かれないようにダラダラと言の葉を紡いでいった。
「頼むッエリス!早くッ!早くしてくれえぇぇ」
――キュイィィィィィィィン
――ドガッ
――ギャギャギャギャッ
――ドガガガガッ
それは完全にギンにとって詰む瞬間だった。目の前に迫る爪と牙と棍棒。体力は元より、大盾の耐久値はほぼゼロでいつ砕け散っても可怪しくはない。そしてあと一撃でも喰らえば立っている事すらままならない程の状況だった。
そんな時に遠くの方から鳴り響く妙に甲高い音。その音は突如として激しい衝突音に掻き消され、摩擦係数が高い何かが激しく擦り合わされたような、けたたましい音を奏でた後、ギン達の元へと再び衝突音を繰り返しながら近寄って来ていたのである。
不穏かつ不審で不気味な、「死神の笑い声」を彷彿とさせる奇妙な音にパーティメンバーは、新手を彷彿とし凍り付いただけでなく、奇々怪々な不協和音に周囲の獣達も戦慄の様相になっていった……。
「な……何かが近寄って……来る。もう、これ以上私達に何をどうしようってのよ!」
「あぁ、神よ……私は直ぐに貴方様の元へと参ります。どうか、どうか私達を死に至らしめたアコウに祝福をお願い致します。ふふふふふッ」
「ねぇアンタ……それって本当に祝福?アンタの信ずる神様って、悪神か死神だったりしない?」
「おい、二人共ちょっと見てくれ!何やら様子が可怪しいぞ?」
「死神の笑い声」に錯乱していたセルン。死の代償として想い人に呪詛を振りまこうとしていたエリス。そんな中、冷静だったのはギンだった。周囲の獣達の敵意を集めている筈なのに、その攻撃が止まった事で余裕が出たのだろう。
――ドガガガガッ
――ギャギャギャギャギャンッ
「助けに来たぞ!早く乗れッ!」
三人は何が起こったのか分かっていなかった。猛スピードで自分達の周りを滑っていく何かが、周囲の獣達を轢き、弾き、潰していった。その光景は異様としか言い様がなく、「死神の笑い声」に続く「死神の輪舞」に拠って、完全に戦慄と絶望に魅了されていたと言える。
……しかし、周囲の獣達を蹴散らし急停車した、「獣車」を思わせる得体の知れないナニカの中から、待ちに待った顔が現れた途端に、魅了から解放され天にも昇る気持ちで恍惚とした表情を取った者。緊張が解けた高揚感から急にへたり込み、踏み散らかされた周囲の草花に水分を供給した者。ただ「ニヤリ」と口角を歪めただけの者達がその場にいたのもまた、事実だった。
こうして、ディアは誰一人死なす事なく、アコウと共に無事に救助を完了したのである。
「さて皆さん、安全の為、シートベルトをしっかりと装着して、しっかりはっきりちゃっかりと捕まってて下さいねッ!ランデス君の中にいれば、安心安全ですからねッ!飛び降りちゃダメですよぉ。――それでは、いっきまっすよおぉぉぉッ」
「ちょッ!ディアちゃん!またアレをやるのかあぁぁぁぁ?!」
「はいッ!ランデス君と一緒に一匹残らず殲滅してから帰りますッ!」
こうしてクルサ平原にはヘロヘロヘトヘト満身創痍の猛者達の絶叫が木霊したのであった……。




