ep19 回復(Psychopathic priest)
「こっちの方角であってるんですか?」
「あぁ、あの森に見覚えがある。あっちだッ!」
アーレの城下町の西側に位置するクルサ平原。ここは駆け出し冒険者や初級冒険者の、絶好の狩り場として有名なスポットだ。
ここは陸獣が棲息しているが、単体自体は大して強い獣ではなく、それ故に群れで行動しているが本来はその規模は小さい。大体が小狼種のウルフだったり二脚種のゴブリンやコボルトといった、それぞれの種族で構成される単一種族単位での群れが主流だ。
しかし今回、アコウのパーティが出くわしたのは、それら以外に爬虫種のフォレストリザードやここら辺では見掛けない鳥獣種までいたらしいとの事。フォレストリザードは新米でもなんとかなるが、鳥獣種は種類によっては命取りだ。
寄せ集めにも見える、そんな陸空の獣が数百の群れで襲って来たというのだから、アコウのパーティ如きでは歯が立たないのも当然の事ながら納得出来る。
なにぶん、アコウのパーティはそこまで優秀でもないし、“個人”が強いパーティでもないからだ。強いのは“先見のなさ”と“凶運”くらいだろう。
「見えた!アレだッ!頼むぜ、ディアちゃん」
「わっかりましたぁ!アコウさん、ちゃんと捕まってて下さいねッ」
――ぶおんッ
「えっ?!どゆこと?一体何をする気なんだぁぁぁっ?!」
ちなみにディアとアコウは初対面である。それなのにディアを“ちゃん付け”してる時点でアコウの人となりが見えてきそうなものだが、それはそれ。これはこれ。
更に付け加えると、ディアが「おかみ」から伝えられた内容はアコウパーティの救出と、必要があれば群れの壊滅ないし殲滅である。尚、作戦立案などの一切合切全てがディアに一任されている。
だからこそディアは、“ランデス”を加速させていった――
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「ねぇ、回復はあと何回使える?」
「そうですね、よくて一回……でしょうか」
「分かった?あと一回だけだってさ!瀕死になるまで頑張って耐えなさいよ!盾役はもうアンタしかいないんだからッ。運が良ければ生き延びられるって‼がんばれー(棒読み)」
時はアコウが倉庫区画で“ランデス”とご対面して打ち震えている頃に遡る――
リーダーであるアコウを救援に向かわせたパーティの三人はそれはそれはもう必死だった。大盾使いであるギン、神官のエリス、魔術師のセルンは周囲を完全に取り囲まれる前に、退路を取りつつ応戦していた。連携は辛うじて取れていたが、本来の前衛二人が防御と足止めに徹し、後ろからセルンの放つ一撃で殲滅するスタイルは瓦解しており、獣達の手数の多さに前衛のギンだけでは傷が増えるばかりだった。
「セルン、早くとびっきりのを撃ってくれ!このままじゃ、俺が死んじまう!」
「そうしたいのはヤマヤマなんだけど、ウチはとっくに魔力切れ。戦えるのはアンタだけだから、死ぬ気で戦って!がんばってー(棒読み)」
「なんだとうっ!」
ギンが敵意を集めるだけ集め、大盾で防御し、腰に帯びている片手剣を使いカウンターで敵に斬り付けるという、基本に忠実なお手本盾役スタイルなワケだが、ギンが攻撃しようとしても敵の手数の多さはそれを許してくれない。
攻めあぐねている内に、生傷は増えていく一方になり、ギンは性根尽きかけていた。だからこそ「生きる為」の望みを繋げるべくセルンに魔術攻撃を頼んだワケだが、一蹴され追い打ちを掛けられる結果となったのである。
しかし「死にたくない」一心で今は攻撃を諦め、ひたすら防御に回っている。既に退路は絶たれつつあり、全方位を完全に囲まれれば敵意を集めている自分は真っ先に死ぬ事になる。それ故に恐怖が徐々にギンの身体を支配しつつあった……。
「ねぇ、エリス?なんでアコウを救援に行かせたのよ?盾が薄くなればそれだけ……」
「それは……お慕いしてるからです……」
「ちょッ、アンタ……アコウの事を?」
「はい。だからこそ、一番安全な場所に行ってもらいました」
「アコウが間に合わなければ全滅よ?分かってるの?」
「その時アコウは……。ふふッ。仲間を死なせた事で一生悔いるでしょう?そうなれば、私はアコウの中で一生生き続け、アコウを縛り続けられる。うふふふッ」
「えっ……アンタって……サイ……」
――シッ。
「それ以上は仰らないで。……でも、アコウを行かせる事に貴女も賛成しましたよね?」
「それは、ウチだってアコウの事を……」
「まぁ!セルンと恋敵だったなんて……なんて言う事でしょう!どうしましょうどうしましょう!うふふふふッ」
恐怖に支配されつつあるギンの後ろで繰り広げられる恋バナ。それはギンにとって聞きたくない話題であって、なけなしの気力すらも奪っていくのであった……。




