ep2 依頼人(Fishing addict)
「ねぇ、ユウくん。今日はどんな夢を見たの?」
「うんとねぇ、でっかいドラゴンさんと戦う夢でしょ。後は、鳥さんになって空を自由に飛びまわる夢」
「戦ってたドラゴンさんには勝てたの?」
「うんッ!もっちろん。ドラゴンさんと戦った後で、鳥さんになる夢も見たんだけど、途中で目が覚めちゃったんだ。あ〜ぁ、ボクはもうちょっと空を飛んでたかったなぁ……」
「ユウくん……」
_____
「ここに来れば俺の行きたい場所に行けるって聞いて来たんだが?」
ここはセレスティア大陸にある、アーレの城下町。通称『魔の酒場亭』と呼ばれる一軒の店。ちなみに外に出てる店の看板には「酒場」の字や、「人の集まる場所」を表す「亭」の字なんかは見当たらない。
……が、紛れもなく「魔の酒場亭」である。
今、カウンターの前に立っている男は、接客をしている店の「おかみ」が知ってる顔ではない。そもそもアーレの城下町に住まう者達の大抵の顔を「おかみ」は知っている。
だがその「おかみ」の態度から彼がどこかから来た「流れ者」だと言う事を、給仕兼用心棒兼雑用係のエレは横目で容易に理解するに至る。
ちなみに、エレは人の顔と名前を覚えるのが苦手だった。
「一見さんは基本的にお断りしてるんだけどねぇ……」
「頼むッ!俺は旅の釣師だ。この町の人間じゃないから警戒してるんだろうが、金ならちゃんとある!」
この店に来る一見さんは大体に於いて厄介事を持って来た過去が多い。代金を踏み倒そうとしたり、強盗の下見だったり、あわよくばこの店の従業員に手を出そうとした輩すらいた。
従業員が女性だけと言う事が、そういった輩からは付け入る隙に見えるのだろうが、その手の厄介事を成功させてあげた試しは一度もない。
「釣師ねぇ……。アンタは一見さんだから依頼を受けるかどうかは別として、どんな獲物を狙ってるのさ?それ次第ってコトにしとくよ」
「それじゃあこれを見てくれッ。俺はこの魚の名前を知らない。だけど、この魚を一度でいいから釣ってみたいんだ」
名前の知らない魚を釣りたいと言った男は「おかみ」から冷たい視線と呆れ顔を向けられていても尚、その信念を瞳に宿したままだった。
その結果、根負けしたのは「おかみ」であり、あっさりと「一見さんお断り」が破られたかに見えたが、そこはそれ、ここはこれ。
「名前の知らない魚の居場所を調べるから後日来な」
と言う提案によって一見さんお断りは辛うじて守られたのだった。
「おかみさん……その依頼を受ける気?どうせなら最初から聞かなかったコトにする?」
「まったく物騒な娘だね、この娘は。ところでエレ……アンタはこの魚のコトを知っているのかい?」
「その魚は……」
男が焦がれに焦がれている魚を撮った写真は「おかみ」が預かる事になった。それは男にとって、よっぽど大事なモノなのだろう。彼は最後まで抵抗していたが「名前の知らない魚の姿すら分からずに探せるワケがない」と指摘された事によって渋々ながら預ける事に賛同したのだった。
だが、実際のところは人質ならぬ物質である。一見さん=厄介事の運び屋と言う経験則から来てると言うのは言わずもがな……だろう。
「こんなキレイな魚、本当にいるのかい?この写真からして偽物じゃないのかい?」
男が最後まで手放そうとしなかった写真には、筆舌に尽くしがたい程に彩られた一匹の魚が写っている。故に語彙力を持たない者であれば「綺麗だ」とか「美しい」とか、女性をチープな言葉で口説く程度の言葉しか出て来ないだろう。
逆に浮き名を流す程の猛者であればペラペラと歯に衣着せぬ言い回しをするかも知れないが、今現在、ここでは誰も求めていない。
よって「おかみ」はこの写真に目を落とした上で、こう思ったに違いない。
「龍を彷彿とさせる立派な鱗。それは虹色に輝いていて、それらの鱗を纏っている体表は光を反射して輝いていればこそ、この魚が手に入るならばきっと高値がつく……」と。
だが一方で、
「やはり厄介事の香りがする」と、心の奥底では考えていたのかも知れない。よって、「おかみ」は何か知ってる素振りを見せたエレの口が開くのを待つ事にした様子で、エレを見詰めていた。