ep15 名前(The memory)
「ユウくん?」
――ガタッ
「ユウくん、ダメッ!誰かッ!誰かッ!ユウくんが、ユウくんが――」
「なんで……こんな事に……」
「ユウくんを……誰か……誰でもいいから……ユウくんを……」
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――あの日、わたしは気付いたら「魔の酒場亭」の前にいた――
「おや?アンタはこの町じゃ見ない顔だね。どっから来た?旅人かい?冒険者かい?でもウチは、一見さんお断りだから、用があってもなくても、帰ってくんな」
――どこに行けばいいか分からない。何か目的があった気はするけど、覚えてない――
「ほら、店の前にぼうっと突っ立っていられたら、商売あがったりだ。とっとと帰った帰った!それとも「酒場」に用があるなら気まぐれでやってるから、夜になってから出直しといで。やってるかどうかは気まぐれだから知らないけどね。ふふん」
――わたしは誰?わたしはディア■■。わたしは何?わたしは■■?わたしは、わたしは、わたしは、わたしは、わたしは――
「な……なんだいこの娘は?!さっきから何一つ答えやしないくせに、時間を追うごとに内在する魔力が跳ね上がっていくじゃないのさ」
――わたし……わたし……わたし……わたし――
「ちょっ!ちょちょちょ、ちょっとお待ち!何を呼び出そうとしてるってんだい!こんな時にエレは所用に出しちまってるし……あぁ、本当に一見さんってのは厄介事を運んでくるねぇ」
ぼふんッ
「おかみ」が店主を務める「魔の酒場亭」の前に急遽現れたディアは、「おかみ」から何を言われても何の反応もないままに、魔力を暴走させ二人の目の前に“ランデス”を召喚したのである。
その光景に「おかみ」は呆気に取られ、口をパクパクさせながらも声の一つも発せない状態だった。
「なんだいこのバカでかい獣車は?こんなのどんな獣が牽くっていうんだい?(ってか、それよりも何よりも、この娘がコイツを召喚したってのかい?!内在する魔力も減ってるし、それで間違いがないようだが……)」
「この子は“ランデス”君です。獣車じゃなくて、クルマです!」
「(喋った?なんなんだい、この娘は……)クルマ?そんな事より、ここは店の前だ。こんなデカブツを置いとかれたら邪魔になるんだが?」
「わたし、この“ランデス”君と一緒にお仕事しますッ!ここで雇って下さいッ!」
この時の「おかみ」の心境を正確に推し量れる者がいるだろうか?いや、恐らくはいないだろう。
突如、店の前に現れた得体の知れない娘が、バカでかい獣車と共に、就活するなど誰しもが容易に想像出来る事では無い。
だがこの「おかみ」、その中にある何かの食指が動いたらしく、二つ返事でOKしたのである。
要するにこの「おかみ」からして、“変人”だと言う事だ。「一見さんが厄介事を運んで来る」とか言っておきながら、「一見さんの就活」は受け入れてしまったのだから……。
「アンタ、名前は?」
「名前……名前……うぅんと……ディア■■?」
「その発声出来ない名前じゃ流石に困るね。それじゃあ、アンタはディアだ。それでいいね?」
「ディア?わたしはディア?はい、かしこまりました!わたしはディアですッ!」
こうして「ディア■■」は「ディア」として、記憶が曖昧なままに、“ランデス”と共に「魔の酒場亭」の従業員となったのである。




