ep14 顛末(Major cleanup)
「大変だったねぇ」
「おがみざぁぁぁぁぁぁん、人間ざんのおぎゃぐざん……じんじゃいまじだぁぁぁぁぁぁぁ」
「大変だったねぇ……」
ディアは「魔の酒場亭」に戻って来るなり大号泣だった。こんな時は「おかみ」が言うセリフはだいたい決まっている。
「(事の顛末は見ていたから知っている。だが、あの力はなんだ?エレやイシュの世界を超える力やそれ以外の、この世界のどんなモノとも違う……異質なあの力……)大変だったねぇ……」
「おがみさん……わだじ、何も言っでまぜんよぉぉぉぉ」
「(特に素性も調べずに便利そうだからって雇っちまったってのもあるが、これはちゃんと調べないとイケナイヤツかもねぇ……)大変だったねぇ……」
「おがみざんが、ごわれだあぁぁぁぁぁぁぁ」
こうして一際騒々しい「魔の酒場亭」だったが、こんな大騒ぎが出来るのも客が一人としていないからなのはまぁ……ご想像通りである。
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「それで、アタシを呼び付けて何をさせる気だい?」
「掃除だよ。それもとびっきりのだ」
後日、精神的に不安定になっているディアを強制的に休みにした「おかみ」は、エレに所用を申し付ける為に朝早くから呼び出していた。
そんなエレは、今日もまた不機嫌そうな表情だ。それは特段、朝が早いからと言う訳ではない。
「とびっきりの掃除?どこの貴族を暗殺しろと?報酬はいくらだ?」
「これは所用って言っておいたハズなんだが……。血の気が多いと言うか、血生臭いと言うか血気に逸ってると言うか、お盛んと言うか……もう、アンタも物騒な娘だよ、ホントに……」
「おかみさん……セクハラなら金貨で手を打つが?」
「セクハラ?何を言ってるんだい、この娘は。ちなみに暗殺じゃあないから報酬は無い。これは店からの所用だ。ただ、持ち帰った素材は半分くれてやるよ」
「おかみ」はエレに、ディアが散らかすだけ散らかした飛竜種の後片付けを頼むつもりだった――
陸海空に蔓延る「獣」達は死んだらそのままになる。死骸は他の獣達のエサになるか、虫や微生物達が時間をかけて分解しなければ消える事は無い。骨や硬皮、鱗なんかは自然の力に頼って何年もかかって風化し、朽ち果てなければ失くなる事も無い。
視界を埋め尽くす程の大隊の躯が現在クロック峡谷にあって、通行の妨げは疎か、このままでは腐敗臭が立ち込め疫病の源泉にも成りかねない現状なのだ。そうなれば数十年単位でクロック峡谷は死の峡谷として名を馳せる事になる。
最悪の事態を想定するならば、飛竜種達の躯からアンデッドが産まれる事も視野に入れておかなければならない。そうなれば文字通り生者が寄り付けない「死の峡谷」となる。
その原因を作ったのが「魔の酒場亭」と評判が立てば、ただでさえいない客足が更に遠のく事になるし、今回の客を紹介してくれたクレイダブル公爵の面子に泥を塗る事にもなるだろう。
だからこそ、「魔の酒場亭」を運営している「おかみ」としては、早急に手を打つ必要があった。
ちなみに、所用の内容を聞いたエレは、大量の素材収集にルンルンとスキップしながら現地に向かい、その凄惨たる惨劇の惨状に絶句したと言うのはまた別の話し。そしてエレは所用終了後に素材の7割を欲したワケだが、「おかみ」は元手が掛かっていない事や、明らかに大変だっただろうと慰労も兼ねて、それで手を打ったというのもまた、別の話しだ。
要はそれはそれ。これはこれ。
「まったく……今回は紹介があったとはいえ、一見さんってのは、厄介事の配達を生業にでもしてるのかねぇ?」
「おかみ」はエレを送り出した後で、今夜もまた「酒場亭」としての運営が出来ない事に、溜め息混じりで呟いていた。
「まぁ、今回の依頼人のうち、まともな精神を保っているのはいないだろうが……。死んだのはたった一人だけだったワケだし、本命が死んだワケじゃないし、裏で暗躍しているヤツの魔の手が本格的に伸びる前に手を打てたのは大きいから……まぁ、良しとするさね」
斯くして暫くの間、表にある「酒場」とも「亭」とも書かれていない看板は店の中に下げられ、「従業員不足の為、暫くお休みします。急用の方は相談に乗ります」と書かれた貼り紙が入り口の扉に貼られたのである。




