ep13 断末魔(The catastrophe)
「ユウくん、今日は特に元気がないけど、どうしたの?」
「明日、起きたら検査するって言われたんだ……」
「だ……大丈夫だよ。ユウくん頑張ってるじゃない」
「おねぇさん、嘘が下手だね」
「そ……そうかなぁ?」
「ねぇ……人は死んだらどこに行くの?」
「ユウくん……」
_____
「本当に大丈夫なんだろうな?クレイダブル公爵からの紹介だから使ってやってるんだ!私の身に何か起きたらタダでは済まんぞ」
「はい。ランデス君の中にいれば、ちょっとやそっとの事じゃ安心安全です。だからくれぐれも勝手な行動はいないで下さいねッ」
ランデスを駆るディアは、セレスティア大陸を東に向かって爆走していた。今回、ランデスに乗っている乗客は5名。目的地はアーレの城下町から遥か東にあるランスベルグ帝国だ。
「魔の酒場亭」の地下車庫内でランデスを見た一行は、ランデスのその大きさに度肝を抜かれており、地下車庫内から転移門を使ってアーレの城下町とランスベルグ帝国の中間地点であるマーリア平原に出現した時は、どよめきが起こっていた。
しかし、マーリア平原を抜け、クロック峡谷に入った辺りで暗雲が立ち込め始めたのである。
「なんだ……アレは?空が……黒い」
それはこの付近の峡谷を縄張りとしている空獣達の群れだった。彼らはこの地を縄張りとしている以上、興味本位で近寄って来た訳ではなく、侵入者に対して絶対的な“死”を宣告しに来たのである。
その空獣はワイバーンという飛竜種だった。体長はそこまで大きい訳ではないが、群れの長たる黒い体躯のワイバーンだけは通常個体の二倍程度の大きさに見えた。
ちなみにこの飛竜種だが、そんじょそこらの冒険者パーティじゃ手も足も出ない。中級冒険者から上級冒険者への登竜門と呼ばれる程の相手である。だがその場合ですら群れを相手になど……しない。
それ程の相手が群れで、尚且つ群れの長たるブラックワイバーンまで現れたのだから、ランデスの車内は騒然となるのは想像に難くないだろう。
ディアとしては運転に集中したかった。だが、車内では乗客が取り乱し狂乱の挙句、ランデスから飛び降りようとさえしている。高速走行しているクルマから飛び降りれば、それこそ人の命など風の前の塵に等しいくらい軽くなる。
命の軽いこの世界に於いて、恐怖とはそんな簡単な思考すら麻痺させ、命の重さを更に軽くしていくモノなのだろう。
空から執拗に追跡するワイバーンに対して、高速走行にて撒こうと必死のディア。しかし恐怖は空からの吐息と言う名の攻撃に拠って、恐慌状態へと変わった。いや、変えられてしまった。それはワイバーンが意図した事なのか、それとも縄張りから出さない為に……獲物を逃さないように足止めした結果なのかは分からない。
――ギャギャギャギャギャッ
ランデスがその動きを止める。周囲の大地は疎か、崖の上や空をも黒く染める程の群れがそこにあった。恐慌状態に陥った乗客達は、もう何の手立ても無いと考える以外になく、思考を止めて、ただひたすらに神に祈りを捧げていた。
世界屈指のトップクラス冒険者達ですら、この数を相手にすれば命を落とすに違いないだろう。それどころか、厄災級の災害にも匹敵するこの大隊規模の群れが相手では、軍事大国であったとしても甚大な被害は免れない。下手をすれば国民の半数以上がこの群れの腹に収まる事になる。
それ程の脅威が周囲を取り囲んでいた――
「うわぁ、もうダメだぁッ!俺は死にたくないッ」
「ダメですッ!今外に出たらッ」
ランデスのドア側にいた乗客の一人が死の恐怖に取り憑かれ、ディアの静止も聞かずに外へと飛び出していった。残りの乗客達も「我先に」と続こうとしており、ディアの必死の呼び掛けも虚しく次の乗客がドアのへりに手を掛けた矢先の事。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」断末魔の叫びが、耳を覆いたくなるような絶叫が、命が燃え尽きる一滴の長い長い叫喚が、今にも外に飛び出そうとしていた全員を我に返らせたのだった。




