ep12 目眩(Fist pump)
「ちゃんと無事に帰って来れたようだね。それで首尾は?」
「はぁ?そんなのあたしの口から言わなくても分かってるでしょうに……あたしの事をナメてるの?」
「おぉ、怖い怖い。ディアちゃんとやらと話してた時とは大違いだ」
「やっぱり覗き見してたんじゃねぇか」
「そりゃあね。キミの飼い主なわけですし。飼い犬がちゃんと仕事をするかどうか、ちゃあんと監視しとかないと、おちおち夜も眠れないからね」
「どうせなら夜だけと言わず、朝も昼もいつまででも寝ててくれていいんだけど?」
「おやおや、この飼い犬は飼い主の手をどうしても咬みたいようだね」
暴言と罵倒の応酬。嘲笑と冷罵の会談。侮蔑と侮罵の取っ組み合いを、自らが進んで行ってる感じが否めないそんな会話。
話しの内容だけを聞いていれば一触即発の状況とも思えるが、この二人の会話はいつもこうなので、バチバチの火花が散る事も、刃物や魔術などが飛び交うような事が起きる事も無い。
第三者がこの場にいれば、ただただドン引くような会話……と、ただそれだけの事。
「じゃあ、そんなキミに次のお仕事を任せよう」
「アンタが行けば?」
「流石に飼い主自ら仕事に行くわけにはいかないでしょ?なんの為に飼い犬がいると思ってんの?バカなの?」
顔を突き合わせ口を開けばこれまたいつもの事。それがこの二人の日常。バカにされ文句を言い合うくらいなら「飼い犬」とやらをやめればいいと思うが、それはそれ。これはこれ。
要するに二人の利害が一致しているからこそ、この関係性が成り立っているのだった。そしてこの二人こそが、通称・イシュエンと呼ばれる二人である。
単純明快な言い方をしてしまえば、「悪役」と言うヤツだ。従って表舞台に出て来る事が、今後あるかないかと問われれば、恐らく微妙な展開になるだろう――
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「おや?だいぶ早かったね。今回はやらかさずにちゃんと完遂出来たのかい?」
「ふぇッ?!はっ⁉はいッ!ちゃんと目的地に送り届けましたッ」
明らかに且つ、あからさまに可怪しなディアの言動。その一言一句に聞き耳を立てて様子を窺っているエレの様子。「おかみ」は守秘義務の観点から下手な事は言わないように、ディアが口を滑らせないように最善の手を尽くすように慎重に言葉を選んでいた。……が、
「ちゃんと、ルイズ帝国首都、帝都ルイセンに送り届けました」という、ディアの報告により、目眩を覚えていた。
「おかみ」の目の端に、ガッツポーズをしっかりはっきりくっきりと盛大に行っていたエレの姿が映った事で、目眩は立ち眩みを追加で発症しそうな勢いになっていった。
「そ、そうか……。じゃあちゃんと代金は貰ってきたね?今日はもう依頼は無いから、ゆっくりしといで」
ディアは「おかみ」の溜め息と、軽く頭を抑えている挙動に対して、理解を示す事なく疑問に思う事なく、少しの駆け足を以って地下に降りていったのだった。
「行くのかい?」
「行かない」
「ほう?これまたどういった気の変わりようだい?」
「ディアが言った内容は、恐らくブラフだろう。アイツがしそうな事だ。だが、アイツが根城にしてるだろう大陸は分かった。それだけで今は値千金の情報だ」
「おかみ」はエレの冷静な判断に、数時間前の態度の裏側を見た気がした。激情を見せたかと思えば、時間を置く事で詳細まで分析し、冷静沈着な判断をしてみせる。それは命が軽いこの世界で長生きをし続けているエレの特技でもあるだろう。
しかし、正直なところ、エレが何を考えているのか分からなくなる時があるのも事実だ。
「でもアンタは……追い掛けるんだろ?」
「追い掛ける?それじゃアタシがストーカーみたいじゃないか!そんな言い方はよしてくれよッ!アイツはアタシの生涯の敵。存在そのものが仇みたいなモンだ。追い掛けるじゃなく、追い詰めて今まで生きてきた事を後悔させてやるのさ」
「おぉ、怖いねぇ。でもまぁ、それまではアンタはここの従業員だ。ここにいる以上は節度を以って仕事してくれる事を祈ってるよ」
ここはフランシス大陸にあるアーレの城下町の外れにある「魔の酒場亭」。店の店主である「おかみ」は、今夜こそ「酒場」として店を開けるか悩んでいたのだった……。




