ep11 策(The confidentiality)
「ユウくん、おはよ。気持ちのいい朝だよ」
「ふわぁ……ボクはまだ眠いよぉ……」
「昨夜は夜更かししてたの?それとも怖い夢でも見ちゃった?」
「違うよぉ……。最近、寝ても寝ても眠いんだ」
「そうなの?それならまた眠る?」
「ううん、起きるよ。あんまり寝過ぎちゃダメって言われてるから……」
「ユウくん……」
_____
ここはセレスティア大陸にあるアーレの城下町の外れにある「魔の酒場亭」。今はまだ朝と昼の中間といった頃合いながら、もう本日の来客予定はない。
まぁ本日どころか、予定表は空白地帯で埋め尽くされている。開店休業閉店ガラガラというヤツである。
今この店にいるのは「おかみ」がたった一人。何も予定のないこの平穏な時間を、ダラダラと過ごしていた。
――バンッ
不意に且つ乱暴に店の扉が勢いよく開いていく。少しばかり憂鬱な気分になった「おかみ」は、蛇が頭を擡げるようにゆっくりと上げていった。
「おかみさん、これはいったいどういう了見だッ!」
勢いよく開いた扉の向こうには、普段よりも5割増しくらいな悪人顔が仁王立ちしている。その凶悪な顔立ちが入り口の前にいたら、来るはずの客も来ないだろう。
まぁ、予定が空白なのは変わりようがないのだが……突発的な客が来ないとも言い切れ……ないワケがない。そして「おかみ」にとっては悪人仁王が怒っている理由に、心当たりがないなんてことが言えないのもまた、事実だった。
「なんでここに、イシュの気配があるんだッ」
「そりゃ、さっきまでここにいたからさね」
「さッ?!さっきまでだと?どこに行った?」
「それはアンタにでも言えない。守秘義務だ」
「ディアが乗せて運んでいるってコトか……。――チッ」
普段よりも5割増しの悪人顔がみるみるうちに更に凶悪な容貌に変わっていく。そんな姿をいたいけな子供が見たら、トラウマ級の思い出になる事間違いがないだろう。
「追い掛ける気かい?」
「どうせ今から追い掛けたところで追い付けやしない」
「じゃあ諦めるのかい?」
「煽ってアタシを向かわせたところで、意味がないのは分かっているハズだ。どうせおかみさんの事だから、骨折り損で帰って来るアタシを指差して高笑いしたいだけだろ?」
エレが話した内容は一理ある。だが、エレの本心はそこには無い。情報が無い状態で無闇矢鱈に追い掛ければ時間と労力を無駄にするだけ。だったら口を割らなそうな「おかみ」を相手にするより、多少でも可能性のあるディアの帰りを待った方が幾分かマシ……と判断に至ったのである。
_____
「ここら辺で降ろしてもらっても宜しくて?」
「ふぇッ?!ここでですか?」
ここはライラ大陸にある、ルイズ帝国とカイセル共和国との国境付近。ディアはルイズ帝国首都・帝都ルイセンへの送迎を依頼されていた。しかし突然の要望によって頭の中は混乱するに至る。
ここから北にカイセル共和国があり、東にルイズ帝国がある。しかしここからではどちらの国に行くにも距離があり、女性が一人で向かうには危険性が高い。
「ちょっと、カイセル共和国に行きたくなってしまったの。ここで降りてもいいかしら?」
「ここで降りるから代金をまけろと言われても、まかりませんよ?」
「それはもちろん契約ですもの。代金はちゃんとお支払い致しますわ」
ディアは客の要望には出来る限り、惜しみなく叶えたいという信条がある。しかし今の心情としては常識的に考えて、客に危険が迫るのを見てみぬフリをする事になる。
ディアからしたら、そんな事が出来よう筈もなかった。
「ここから一人でカイセル共和国に向かうのは危険だと思います」
「大丈夫よ、心配ありがとう。じゃあこれ、お代。銀貨8枚。また機会があったら宜しく頼むわね。あっ、そうだった――」
半ば強引に押し切られたディアだったが、代金を受け取ってしまった以上、もう何かを言える立場に無い。だから最後に言われた事だけは必ず遂行しようとちゃんと記憶し、ランデスのハンドルを切ると元来た道を帰っていったのだった。




