ep10 泡沫(Fleeting dream)
正確な世界地図が無いこの世界に於いて、どこにどんな国があるのかなんて、広く知れ渡ってはいないのだから重要な事では無い。だからこそ、世界的な時間の流れは大事な要素にならず、勃興没落した国の情報も意味を為さない。
しかし、国が滅んだ原因にのみ、焦点が当たる場合がある――
空には空獣。海には海獣。陸には陸獣。この世界には多様性の塊のような外敵がうじゃうじゃとわんさかいて、これまた多様性のある「人類」と呼ばれる種族が生活している。
だがこの「人類」の技術レベルでは、自分達のいる世界から外の世界に出る事は能わない。
だが希に、本当に極希に……世界から飛び出す程の才能や力を持った者達が現れる事がある……。
今からおよそ300年程前。とある大陸に軍事力を保たない中立国があった。周辺には軍事力を持つ国が乱立していたにも拘わらず、その国は軍事力を保たなかったのである。
中立国とは言え、軍事力を保たなければそれは格好の標的であり、周辺国からすれば自国の国力を上げる「エサ」になる。だが、その国は「軍事力を保たない中立国」として確固たる地位と共に存在していた――
その国は堅牢な物理防壁と魔術防壁を守りの要とし、大陸有数の物流の要所であった為に様々なモノや情報が入って来ていた。
そしてそれらの事が周辺国に対して牽制の色合い濃厚だった為に、国として存続出来る「証」となったのである。
中立国としての繁栄が周辺国に富と発展を齎し、その大陸文化が花開いていた時代。厄災は唐突に終焉を伴って訪れた。
堅牢な防壁は瞬く間に半壊。都市の半分は業火に焼かれ、阿鼻叫喚の地獄絵図と共に、国民は怨嗟を上げ恐怖に包まれて絶望したのである。
しかし降って湧いた災厄は、抵抗が無かった事で興醒めしたのか、四半刻程暴れるとどこかへと姿を消した――
要はたった30分程度の時間で堅牢だった国は文字通り瓦解したと言える。
その後でこの国を待っていたのは、見るにも聞くにも堪え難い、盗賊達の略奪であり、満を持してそれに対処するべく「エサ」を求めて動いた周辺国の武力介入だった。
災厄によって父親が亡くなり、略奪によって母親を失くした年端も行かない少女は、滅んだ国を小高い丘から蔑むような瞳で見据え、復讐を誓うに至る。
「サイアクだ……。この身体の仇はもう、ほぼほぼ残っちゃいないってのに、まだアンタは恨んでるってのかい……エム」
ここ最近、夢見が悪くなかったエレは、微睡みの中、久方振りに見た悪夢で、機嫌はこれ以上無いくらいに悪く、普段より五割増しの悪人顔になっていた。
エレはディアが話していた、エレに似た誰かをあれから気の向くままに探してみたが、結局見付からなかった。
仮に見付けたとしても何かをするつもりではなかったし、特段用事があるワケでもない。それこそエレのターゲットが、わざわざエレの近くに寄ってくるとも考えられなかった。だからこそ、見付けたとしても、それこそ「他人の空似」だろうと考えていた。
「そんな事に労力を使ったモンだから夢見が悪かったのだろう……」エレは自分に言い聞かせるように再び瞼を閉じていった。
今日からまた、「魔の酒場亭」での仕事が待っている。極力仕事なんてしたくないが、雇われている以上、それも仕方のない事。
「あと五分……」せめて悪夢ではない夢を見直したいと、泡沫の夢に儚い想いを抱きながら、意識を沈め惰眠を貪る事にしたのだった。




