第02話 「とりあえず『准男爵家パネェ!』とでも煽っておけば良かったんですかね?」
五月二日。
明石さんの実家から『今すぐ屋敷に戻れ』という連絡が入る。
「追い出した娘に謝罪するでもなく、帰ってきてくださいでもなく、『戻れ』って……いったいどういう精神状態ならそんなことが言えるんだろう?」
「○○○○の考えることなんて常人に理解できるはずがないじゃない」
当然無視をしたが、繰り返し電話が掛かってきたので着信拒否をした。
五月四日。
俺というか代理人である中務さんに、
『やはり平民に娘をやるような馬鹿な真似は出来ない。
己の分をわきまえて素直に手を引いておけ。
もしもこれに逆らう場合は徹底して叩き潰す。
持ってきた金は迷惑料に受け取っておいてやる』
というような内容の連絡? 恫喝? が入ったので「法廷で会いましょう」と一言だけ返して電話を切る。
「聞いてるこちらの顔が(恥ずかしさで)赤くなるような内容でしたね」
「とりあえず『准男爵家パネェ!』とでも煽っておけば良かったんですかね?」
懲りずに繰り返し電話が掛かってきたので着信拒否をした。
五月七日。
再び明石さんに、
『明日13時! 大阪帝都ホテルにお前一人で来い!
……もしも来ない場合はお前があの男に誘拐されたと訴え出てやるからな!!』
という電話が入る。
「何その誰が聞いてもそっちが誘拐犯な捨て台詞……」
「どうやら新しい婚約者との顔合わせがこれ以上引き延ばせなくなって慌てているみたいですね」
五月八日。
ホテルで行われる『明石准男爵家と六条伯爵家の顔合わせ』に参加することに。
何も知らず、「誘拐犯だ! 人攫いだ!」と、散々俺のことを罵倒していた明石のオッサンだったが、六条家の嫡男(支部長さんの弟さんらしい)がそれを黙らせる。
「ええと……そちらは鷹司侯爵家の葛さんとお見受けいたしますが」
「あら、たしか六条家の雅さんだったかしら?
……あなた、うちの人間の婚約者を横取りしようとしているらしいわね?
六条はいったいどのような了見なのかしら?
もしやうちに喧嘩を売っていらっしゃる?」
「まさかまさか! お世話になっている鷹司と喧嘩など滅相もない!!
……明石さん、これはいったいどういったことでしょうか?」
「はっ? えっ? いや、こちらとしても何が何やら……というか鷹司侯爵家ですと!?」
そのあと明石、六条、鷹司の三家で詳しいお話を詰めていくことに。
……まぁあれだ。
言うまでもなく中務さんと、カズラさん、そして支部長さんが絵を書いた茶番である。
* * *
「どうして、どうしてこうなった……」
北へと向かう普通電車の中。
四人がけのシートに身を沈め、憔悴しきった男――明石入道は焦点の合わない目で己の足元を見つめていた。
「途中までは全部うまく回っていたはず……それなのに」
病の癒えた下の娘。
静と、六条伯爵家嫡男との婚約。
それに伴って取り付けた、五十億円という破格の資金援助。
やっとこの手で掴んだ貴族としての返り咲き。
再び巡ってきた『我が世の春』。
……そう、ほんの数日前までは昔馴染みの連中を引き連れ、景気良く夜の繁華街に繰り出していたのだ。
伯爵家との縁談。
当然娘も喜ぶだろうと、家に帰ってこいと連絡を入れてやった。
しかし、当の本人からは何の返事もなく。
対して婚約相手の伯爵家からは、再三再四にわたり『会えるのはいつか?』と急かされる。
「……クソッ……クソッ……!」
最後通告のように伯爵家から言い渡された顔合わせの日。
どうにかこうにかなだめすかし、ギリギリのところで娘を呼び出すことは出来たのだが……。
「鷹司、だと……?」
娘と一緒にうあって平民の小僧。
いらぬ苦労をかけやがってと、散々っぱらに罵り倒してやったのだが……奴の後ろに立っていた一人の女の登場により状況が一変する。
伯爵家の嫡男が自分から挨拶をするような存在。
鷹司侯爵家の長女。
……鷹司といえば最近、『末期がんにすら効くポーション』の供給元として、貴族社会で圧倒的な発言力を持っている。
そんな大貴族を後ろ盾に連れてこれる平民がいるとはどういうことだ!?
当然のように向けられる連中からの非難の目。
なんとかその場だけでもどうにか逃れるために腸の煮えくり返る思いではあるが、お前がどうにかしてこの場を纏めろと小僧に妥協案を出してやる。
「チクショウ! それなのに!
俺が頭まで下げてやったというのにあのガキはっ!!」
どうしようもなくて、やはり娘をお前の嫁にやろうとまで言ってやったのだ!
それなのに奴は! いや、奴と一緒に屋敷を訪れた司法書士の女は!
結納の際に交わした証書を盾にこの俺を追い詰めやがったのだ!!
「頼みの綱だった六条の小倅は掌を返しやがるわ、鷹司の娘は一切の譲歩をしやがらねぇわ……」
そんな交渉の結果、最後に残ったのは払えるはずもない額の迷惑料と慰謝料。
「クソっ! 上位貴族だからと何をしても許されると思いやがって!!」
もうどうにもならんと、せめて志乃の実家にでも転がり込もうと思い、屋敷に戻れば机の上に置かれていたのは離婚届。
やり場のない怒りをぶつけるはずの志乃は上の娘とともに姿を消し、電気のついていない家の中には冷たい空気だけが漂っていた。
……このままだと俺が、俺だけが借金、責任を全部背負わされてしまう。
顔を青くして震える手で家の中に残っていた金目のものをかき集めると、必要最低限の荷物だけを掴み逃げるように最寄りの駅へと走る。
「……どうして……どうして、こうなった……」
力なく呟き、天井を仰ぎ見るように深く座席に身を預ける。
電車は進む。
だが、走っている線路の向こうに――俺の『行き先』は残されてはいなかった。




