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第01話 明石入道。

 大阪のキタにある閑静な住宅街。

 由緒も歴史もある、それなりに広い屋敷の中。


「クソっ!

 どうして、どうしてこうなった!!」


 中庭の見える居間で座椅子に腰をおろし、見苦しく喚くのは明石准男爵家の当主である『入道いりみち』。

 長女、次女、長男と三人の子宝に恵まれ、下の娘などは伯爵家を筆頭に、数多の貴族家から縁談を望まれるほどの美しさ。


 准男爵家などという吹けば飛ぶような、下級貴族にしてはあまりも順風満帆。

 将来は明石家中興の祖と呼ばれてもおかしくないような栄光を手に入れた――はずだった男。


「それなのに!

 どうして俺がこのような苦労をしなければならない!!」


 男の目の前。

 机の上に広がっているのは、明石家の家業である服飾会社の帳簿や報告書。

 素人目に見ても芳しくない数字が並ぶそれらの紙束を、入道は苛立ち紛れに『ドン!』と叩きつける。


 もっとも経営悪化の原因は、次女の高位貴族家への嫁入りという棚ぼたに本業をおろそかにしたため。


 身に過ぎた幸運を自分の実力と勘違いした男のやらかしで、まともな人間が会社から次々と離れていったことにあるのだが……有頂天になっていた当の本人にはその自覚などこれっぽっちもない。


「……そうだ。

 業績が落ち込んでいるのも全部あいつ……静のせいだ!!」


 そもそも経営状況が芳しくないのは入道に経営能力も管理能力も無いからなのだが……己を顧みない人間がたどり着く答えはすべからく『他人のせい』となる。

 これほど家が困窮しているのは、静があのようにおぞましい姿になってしまったせいだと信じて疑わない。


 そんな入道ではあるが、もちろん最初のうちは娘をどうにかしようと、治療法を求めて方々を駆けずり回った。

 ……もっとも、最後まで熱心にその方法を探していたのは彼女の婚約者となった上杉伯爵家の息子だったのだが。


 しかし、どれだけ頑張ろうと症状の改善方法すら見つけられない。

 ひと月、そしてふた月。さすがに半年も経つ頃には伯爵家も諦めるしかなく。


「別に病気になるなとは言わん!

 だがそれならそれで、どうして向こうに嫁いでからにしない!?

 あいつらもあいつらだ!

 たかだか皮膚が腐る奇病くらいで娘を捨てるなど情けのない!!」


 普通なら『最初から分不相応な相手だった』と。

 むしろ最後まで手をつくし、明石家に多額の見舞金まで出してくれた伯爵家に礼を尽くした物言いをするのが当たり前なのだが……そこは降って湧いた幸運でおかしくなってしまった男が口にする戯言。


 そもそも当時の彼の、あまりにもな日頃の振る舞い。

 事あるごとにまわりの人間に娘のことを自慢気に吹聴する。

 それだけにとどまらず『伯爵家と縁を持ったなら自分が本家を名乗るべきだろう』などと筋の通らぬことまで言い出す始末。


 目上であるはずの本家に対してですらそのような物言いだったのだから、三歳歳上だった静の姉に対する態度もどのようなモノであったかなど言うに及ばず。

 そう、静が『蠱毒』などという恨みの根が深い呪いを掛けられてしまった原因は、決して彼女が美しすぎたことによる嫉妬だけではないのだ。


「そんなことより今は金だ! 金、金、金っ!!

 どうにかみどりの結納金で立て直せると思っていたのに!!」


 翠――静の姉もまた、世間一般では凡庸ではない美貌の持ち主だった。

 さすがに伯爵家とまではいかなかったが、裕福な男爵家の長男との婚約も決まり、来月には輿入れの予定だった。


 ……しかし、そんな彼女がいきなり妹と同じ奇病――むしろ全身が爛れるという、さらに酷い症状に見舞われてしまったのだ。


 一人なら偶然、不幸な出来事だったで済んだだろう。

 しかし、それが身内に二人。

 あまつさえ本家の人間まで同じ病に罹ったとなれば、『あそこは呪われた家だ!』と声高に言われるのも仕方のないこと。


 結果、当然のように翠の婚約は破棄される。


『そのような汚れた娘を我が家に嫁に出そうなどと!!

 ……もしや、家に掛けられた呪いをこちらに押し付けようとしていたのではなあるまいな?』


 などと、半ば言いがかりのような理由で慰謝料まで請求される始末。


「どうしたら……いったい、どうしたら……」



 そんな追い詰められた入道のもとを数年前に追い出した静が訪れたのは、それからしばらくしてのことだった。


「姉がっ! 家がこんな状況の時に一体何の用だ!?

 そもそも放逐した娘がいまさら……はんっ、どうせ金の無心に来たのだろう!

 家に入れる必要はない、そのまま門前払いして塩でも撒いておけ!」


 今にも頭の血管が切れそうな、赤黒い顔で怒鳴りつける入道にビクビクとしながら男の妻――志乃しのが答える。


「いえ、それが……婚約相手が出来たので最後に挨拶をしておきたいと……」


「婚約相手だぁ!? ……いったい誰に?」


 まったく予想もしていなかった理由に声が裏返ってしまう入道。


「もちろん静にです。

 見たところ、どうやらそのお相手も一緒らしく。

 司法書士を名乗る女性と連れ立って来ております」


「……俺があの化け物のせいでこんなに苦労しているというのに本人はのうのうと婚約だと!?

 はっ、ははっ! ここにきてまで人のことをイライラさせる……。

 良いだろう、化け物であろうとも娘は娘、タダで譲ってやると思うなよ!!」

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― 新着の感想 ―
ここまで来たか この回はほとんど変わってないけど やっと、完全に未知な展開になるから 更新楽しみ
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