第03話 夜中のうめき声と異世界商店。 その1
買い物のあと、どうにかこうにか迷うことなくアパートまで帰還。
久しぶりの日本食に感動――は無かったな。
味付は微妙だったし、肉に臭みもあったし。
「ふあぁ……」
いきなりの環境変化による精神的な疲れか。
それとも病み上がりの体力低下か。
弁当をかき込むと同時に、一気に眠気が押し寄せ、体がゆらゆらと横揺れを始める。
「ちょっとだけ横になるか……いや、隙間風は入らないけど、一月だし普通に寒いよな」
素直にインベントリから布団と毛布を出し、そのまま潜り込む。
防音処理などあってないようなボロアパート。
言い争うオッサンと子供の騒がしい声。
誰そ彼刻という、ノスタルジックな気分になる時間もあいまって、いまさらながら自分の置かれた境遇に不安を覚えてしまう。
「これ、異世界に飛ばされる前……中学生の俺だったら大泣きしてたかもな」
明日は朝から、この世界の情報集めを始めよう。
近くに図書館でもあればいいんだけど。
場所がわかれば、ダンジョンだって覗いてみたいし。
いや、その前に『異世界商店』の確認もしないと……。
どうやら考えごとの途中で寝落ちしてしまったらしい。
カーテンのない窓の外は、大阪市内とは思えないほど真っ暗になっていた。
……あれ? 俺って寝るとき電気消したっけ?
それとも最初からつけてなかったかな?
そんな、寝起きでぼんやりした俺の耳に――
『うっ……うう……うあぁ……』
どこからともなく、
『どうして……どうして私がこんな目に……』
うめき声にも似た女の声が……。
『いたい……いたい……いたい……』
まさかの、引っ越し初日から怪奇現象!?
『かゆい……かゆいかゆいかゆいかゆいぃぃぃぃ!!!』
こわい……こわいこわいこわいこわいぃぃぃぃ!!!
もしかして、ここって事故物件だったのか!?
『うらめしい……わたしをこんなめにあわせたにんげん……』
なまんだぶなまんだぶなまんだぶ……。
『しあわせそうにしてる……だれもかれもがうらめしいぃぃぃぃ!!!』
残念なことに、俺はいま不幸の真っ最中だから!
……ていうか、その内容はアレだけどこの幽霊、やたらと声が綺麗だな。
これ、もしかして慰める流れから仲良くなれればワンチャン――
『ころしてやるころしてやるころしてやるころしてやる!!』
エッチなこと考えてすみませんでしたぁぁぁぁ!!
『うう……ああ……ああああ!! いっそのことしなせて……』
いや、メンヘラか!!
その後も延々と続く怨嗟と弱音の声。
俺は頭まで布団をかぶり――いつの間にか、二度目の寝落ちをしていた。
翌朝。左右両隣から響く生活音に起こされる。
「途中で起こされたから、経った時間のわりに寝れた気がしねぇ。
てかマジで何だったんだよアレは……」
真っ暗闇の中、いきなりの出来事だったから取り乱したけど、金縛りにあったわけでもないし、声以外は聞こえなかったら精神面以外の負担は無かったけど……。
うん? 異世界帰りのくせにお化けが怖いのかって?
いや、むこうのアンデッド、それもゾンビとかスケルトンみたいな、物理的に壊せない奴らってめちゃくちゃ危険なんだからな!?
「でも、幽霊だとしたら声がハッキリしすぎてたんだよなぁ」
ていうかこのアパート、釘どころか画鋲ですら突き抜けそうなほど壁が薄そうだしねぇ?
もしかして、お隣さんの声が聞こえてただけってことも……いや、それはそれで十分怖いけれども!
「でも、聞こえたのは若い、それも間違いなく美人さんの声だったし。
こんなボロアパートに女の子が暮らしてるとか漂白剤?」
……寝起きなのでつまらないダジャレを繰り返すかもしれないが気にしてはいけない。
ここなんて、『ボディペイント』のオッサンが『ポン』酢で『シャブ』しゃぶしてても違和感ゼロな建物だからな?
俺みたいな、勝手に押し込まれる以外で……部屋数も多くないし、夕方に挨拶回りでもしてみるか。
気持ちを切り替え、予定通り【祝福】。
【異世界商人】の確認に入る。
イスカリアで使っていた時と同じように、
「【開店】!」
さっそく呼び出してみるも。
……
……
……
「うん、普通に何も出てこないな」
ていうか、そもそも名称が【商人】から【異世界商人】に変わってるからな。
ステータス・ウィンドウを開き、その詳細を確認――いやこれ、どうればいいんだ? さらに鑑定を重ねる?
ああ、スキルのところに【ここ】をタップって書いてるし、そのまま画面を触ればいいのか?
異世界商店の場所にそっと触れてみると、フレーバーテキストのような説明が浮かび上がった。
【異世界商人】
訪れたことのある世界との商売が可能になる祝福。
呼び出すには、ポーズを付けながらコマンド・ワード【メルクリウス】と叫ぶ。
現在の取引先は【イスカリア】に設定されている。
なお、品物の売買には【魔石】が必要。
「いや、ポーズを付ける意味っ!
それはいったい誰に見せてるんだよ!
てかそれ、祝福じゃなくてペル○ナ召喚だろ!
あと、必要な対価が円じゃなく魔石なのかよ!
魔物もいないのに魔石なんてどうやって……いや、ダンジョンがあるんだから魔物だっているか? 指示通り、
「メルクリウス」
と唱え、異世界商店を呼び出す――
……
……
……
「……メルクリウスっ!!(シュバババババ!!)」
あっ、(画面が)出た。
どうやら本当にポーズを付けながら叫ばないと呼び出せない仕様らしい……。




