第04話 ありがとうございます。完全にピストン運動です。
通学路で『元カノ』と呼ぶにはおこがましいほど記憶があいまいな女に絡まれるという誰得イベントが発生したが、遅刻することもなく到着した桜凛学園。
「なにこれ、どこを向いてもエンジ色なんだけど」
学校というより軍の詰め所のような、重厚感と威圧感のある煉瓦造りの校舎が歴史を漂わせる校舎に息を呑む。
ていうか、俺が受ける予定だった桜凛学園。
記憶の中にかろうじて残ってる、入学案内のパンフレットで見た大学のキャンパス風の学校とはまったくの別物なんだけど……。
もっとも、それを言い出したら街なかだって高層マンション、高層ビルがあるかと思えば武家屋敷、大正モダニズムな建物が入り混じってるんだけどさ。
「……大きな戦争というものが、どれほど歴史を壊してしまうのかいまさらながらに実感した」
「??? どうしていきなり戦争の話?
日本では『大氾濫』もなかったし、大きな戦争なんて関ヶ原以降はおこってないでしょうに」
そんな俺の感想に、不思議そうに小首を傾げる明石さん。
何その『前の戦争で家屋敷が焼かれて……』の戦争が差してるのが『太平洋戦争』じゃなく『応仁の乱』な某府民みたいな反応。
校門からそのまま真っすぐ進むと、普通科・商業科・迷宮科と分かれた案内板が立っていて。
もちろん俺たちが向かうのは――
「……柏木くん?
どうしてあなたは商業科に向かおうとしているのかしら?」
いや、そっちに向かう女の子が多かったからなんとなく……。
明石さんに腕を掴まれ、後ろ髪を引かれながらも迷宮科へと連行される。
「これって迷宮科の生徒だけなんだよね?
人もそうだけど、クラス分けの案内看板が祭りの出店かってくらい立ってるんだけど?」
「迷宮科だけでも1学年で20クラスあるもの」
カズラさんみたいなお姫様が探索者をしてるくらいだから、それなりに人気の職業ではあるんだろうけど……それにしても多くね?
「これ、自分のクラスを探すだけでも結構な大事じゃん……」
「あら、基本的にクラス編成は成績順なのよ?
あなたは推薦枠での入学だし、私だってそれなりに自信があるのだからAクラスから、むしろAクラスを確認するだけで事足りると思うわよ?」
なるほど。そういうモノなのかと、言われたとおりにAクラスの掲示板を確認。
順番に名前を見ていくまでもなく一番上にあったのは明石静という名前。
そこから少し下がって……柏木夕霧もあった。
「もしかしなくても、明石さんって勉強めちゃくちゃできる人だった?」
「学力もそうだけど、迷宮科は体力の方に重要を置かれているのよ?」
「なんだろう。普段の明石さんを見てると『甘えんぼうの子猫』にしか見えないから運動が得意なイメージがあまりわかないんだけど」
「もう、私が甘えるのはあなたにだけよ?
それに、初めてダンジョンに入った日からあなたの見様見真似でスライムを倒せていたでしょう?」
「……確かに」
ていうか、能力値――総合戦闘力だけ見ても、俺より彼女の方が2割ほど高かったんだった。
「これ、俺が推薦枠じゃなかったら絶対に明石さんと同じクラスには――」
「ユウってAクラスだったんだ!? 凄いね!」
そんな声が聞こえたかと思えば、明石さんと組んでいた右手の反対側。
左の腕にいきなり胸を押し付けてきたのはさっき捨て台詞を吐いて大股で去っていった山口。
えっ? 何こいつ?
どうしてそんな『私たちってズッ友だよね!』みたいな顔で人の腕にぶら下がってんの?
あまりにも見事な手のひら返しに苛つきや困惑を覚えるより先に恐怖を覚えそうなんだけど……ていうかニコニコしながら軽妙なリズムで上下左右に頭を動かすのはやめろ!
「おい、宇良! ボーっとしてないでとっととこいつを引き取れ!」
「お、おう……なんかすまん」
そう言いながら俺から山口を引き剥がそうとする宇良なのだが、遠慮しているのかその力は弱々しく。
俺の腕を掴む山口
↓
その後ろから力なく引張る宇良
↓
それに抵抗するように、例えるならが『大きなカブ』を引き抜こうとする集団の一員のように動く山口
↓
その姿はまるでスクワット……
ありがとうございます。
完全にピストン運動です。
とたんにざわめき出す周囲の女子生徒。
あるものは耳まで赤くして目を逸らし。
あるものは顔を赤くしたまま俺のことを睨みつけ。
いや、俺はもうこいつの関係者じゃないからね!?
「……柏木くん、さすがにそれは卑猥すぎではないかしら?」
「そう思うなら助けてくれないかな?」
先ほどと同じように、明石さんに胸ぐらを掴まれたまま持ち上げられ、ポイッと捨てられる山口。
「ユウっ! 私には、私が愛してるのはあなただけなのっ!!
今まであなたのことを遠ざけるようなことを言ってたのは全部宇良くんに言わされてただけだからっ!!」
「セイコちゃん!?」
もう面の皮が厚いとかそのレベルじゃないコケシの行動に怒りを返す気力もなくその場を立ち去る俺だった。




