第02話 初めてのおつかい。 その2
現在地は住所すら分からないボロアパート。
もしも迷子にでもなったら、帰ってこれる気がしないので入念にマッピング――キョロキョロと辺りを見回しながらコンビニを探すこと数十分。
電信柱に貼り付けられた住所からすると、どうやらここは『菜葉苑町』、地理的には大阪のミナミってことは分かったんだけど……地名は知っていても土地勘がないことに変わりはなく。
「これが『南波』とか『二本橋』なら多少はわかるんだけどなぁ」
まるで初めて足を踏み込んだ3Dダンジョンのように、細い路地まで注意深く確認しながらゆっくりと歩みを進める俺。
舗装もされていない砂利道。
もし火事にでもなったら、一瞬で燃え広がりそうな密集した木造家屋。
爺の車で大通りを走ってる時は気付かなかったけど、路地を一本挟むだけでこんなに町の空気が変わったこと――まるで令和から昭和の下町、賑やかで混沌とした雰囲気に変化したことに驚き、それ以上に興味を惹かれる。
例えるならば一昔前の、雑多なアジアの都市。
それとも戦後の闇市だろうか?
「うぅ……どこからともなく漂ってくる揚げ物と粉物のソースの匂いが、空きっ腹を直撃してくる……」
しばらく散策してはみたが、いくら探してもコンビニは無さそうなので広い道まで出ることに。
四車線のアスファルトで舗装された道路に見慣れた(見慣れない)店舗、大小のビルが並ぶ。
「……歩いて五分もかからないのに、これだけ景色が変わるとかスゲェな」
ぶらぶらと歩く道のこちら側、そしてあちら側。
いくつかコンビニらしい外見の店を見つけたんだけど……店名がね?
「なんだよ『家族亭』とか『マルや』って」
俺の知ってる有名チェーン店は一軒も見つからず。
『もしかして転移だけじゃなくて、タイムスリップでもした?』などと考えてみるも、病院の設備は近代的だったし、爺の車だって普通の乗用車だったしな。
あっ、家族亭のガラス越しにATMらしき機械発見!!
自動ドアと入店の音楽に、おっかなびっくりしながらも店の中に入る俺。
いや、初めて文明に触れる異世界人でもあるまいし、どうしてコンビニ入るだけで緊張してるんだよ……。
店内に並んでいる商品は、メーカー名こそ違えど見慣れたスナック菓子や飲み物。
変わっているところと言えば、メーカー名や商品名に横文字というか外来語? の比率がやたら低いくらいだろうか。
くっ、レジ前の『温かいお惣菜』コーナー。
家族チキンと揚げた鶏が俺の心を鷲掴みにしてくるぜ……。
コンビニのレジ前に漂う油の匂い。
十年ぶりのジャンクフードにむしゃぶりつきたくなる獣性を、どうにかこうにかおさえこんでATMへと足を向ける。
はたして、いろいろ変わってしまった日本でこのキャッシュカードが使えるのだろうか?
……まさか偽造カード扱いされて警報が鳴り響いたりしないよな?
タッチパネルを操作、取引先一覧に四井銀行を発見……なんとか第一段階をクリア。
『差込口にカードをお入れください』
のアナウンス音声に従い、財布から取り出したカードを差込口に――
「うおう!?」
「ヒィッ!?」
クッ! 十年ぶりのATMに油断しすぎたか!?
現代文明の恐ろしさを今更ながらに実感、叫び声を上げてしまった俺。
釣られて隣の雑誌コーナーで立ち読みをしていたお姉さんまで悲鳴をあげる。
「ふぅ……危ないところだった。
離すタイミングがあと少しでも遅かったら、指ごと持っていかれてたかもしれない……」
「その機械、そこまで強くは吸い込まないですよね!?」
俺の独り言に思わずツッコんでしまったらしいお姉さん。
そちらに目を向けると赤くなった顔を高速で背けられる。
なるほど、これが世に言う『面白ぇ女』ってやつか。
『暗証番号を入力してください』
勢いよく機械に取り込まれた俺のカードはちゃんと使えるみたいだ。
お姉さんに恨めしそうな顔で背後から睨まれるというトラブル(?)以外は順調に操作は進み。
『暗証番号――残高確認――金額入力――出金!!』
脅威の失敗率を誇る『カ○ト寺院』での死者蘇生のように、見事な流れで蘇った俺の財布の中。
通帳に残されていた35,625円の財産のうち、手数料を引かれながらも35,000円の現金の入手に成功!
「うう……これで、これであったけぇおまんまが食べられる……」
「江戸時代か!!」
……お姉さん、読んでいた雑誌をそっとカゴに入れ、耳まで赤くしながらレジに向かっていった。
なんとなく俺のSっ気を刺激してくる彼女に続き、カゴにおにぎり、弁当、サンドイッチを詰め込む――ようなことはしない。
貧乏人にとってコンビニとは、普通の人にとっての成城○井なのだから。
そんな俺が向かうのは、道路沿いで見かけた黄色い看板の激安スーパー。
名前だけは聞いたことがあったが、まさかこの世界にも存在しているとは……。
乱雑どころか、もはや混沌と形容するしかない自転車の停め方をされた駐輪場を横目に、さっそく店内を物色する。
もやし一円……こんにゃく一円……たしかに安いけど使い道が無ぇ……。
ていうか、店内に弁当を温める用の電子レンジまであるのか。
しばらくはここを俺の活動拠点にさせてもらうことにしよう。
お菓子、鮮魚、精肉、冷凍食品コーナーをスルーしながら出来合いの弁当コーナーへと向かう。
今の俺が欲しているのは肉!
それも味付けの濃さそうな、ガツガツ米がかきこめるような肉料理っ!
「おっ! 温泉玉子付きのすき焼き弁当発見! お値段もお手頃、358円!」
すき焼き……それは日本人の魂。
思わず弁当に手を伸ばそうとした刹那、背後から『ボーン!!』という爆発音が鳴り響く!!
すわっ! まさか俺を狙った爆破テロかっ!?
勢いよくその場でしゃがみ込み、視線だけを動かしてあたりを伺う。
そんな俺の耳に飛び込んできたのは――
「姉ちゃん! あんたんとこのすき焼きがいきなり爆発したんやけどどうしてくれるんや!?」
怒り心頭なオッサンの怒鳴り声。
すき焼き……爆発……。
もしかしてあのオッサン、玉子をそのままレンチンしたんじゃないよな?




