サクラサク 第05話 入学式と粗大ゴミ
現代の日本に『ダンジョン』が存在すると知ってから早くも数日が経過。今日は『私立桜凛学園・迷宮科』の入学式である。
学校なんて通う必要性を感じない、俺は無敵だ! と言ったな? あれは嘘だ。
と言うよりも俺みたいな未成年者がダンジョンに入るための資格を手に入れるには、全国各地にある学校の『迷宮科』に入学するしか方法が無かったんだよね……。
ちょっと地理的にうろ覚えであるが……十年前に俺が入試を受けた学校、このアパートからだと徒歩で十分ほどの距離にある桜凛学園まで、真新しい制服に身を包み向かう俺。
家を乗っ取りやがったオッサンの言った『学校から近い』だけは本当のことだったらしい。
回りには俺と同じ真新しい制服姿で家族や友人と楽しそうに歩く新入学生であろう若人の姿。
家族と一緒に笑い合う彼らのその表情に、おもわず闇いオーラが滲み出しそうに……。
新入学そうそう『闇落ちした元異世界勇者』が暴れ回って大惨事とかちょっとシャレにならないからね? 気を取り直して軽く深呼吸する。
そんな俺の隣を、早足で歩く女の子――まさに大和撫子(『し』は抜かない)な感じの、むっちゃ清楚な黒髪美人が通り過ぎてゆく。
何だろうこれ? シャンプー、それとも石鹸の香り?
仄かの香りのはずなのに、むっちゃ良い匂いがしたんだけど……。
もちろん大きく深呼吸なんてしたら普通にそれなりの呼吸音が出るわけで。
こちらを振り返ったその女の子にゴミを見るような目で睨まれた。
待って! 貴女のスメルを体内に取り込んだとかそんなんじゃないから! そもそも貴女が後ろから来たことなんて全然気付いてなかったから!
……でも、もしも彼女が歩いてくるのに気付いていたとしたら……その時に俺が深呼吸をしなかったかと問われれば……おそらくしていたであろうことは否めない。
何にしても美人女子高生の体臭を肺いっぱいに吸い込めたプラスに比べれば、その相手に睨まれた程度のマイナスなんて……女子高生に睨まれる、それは本当にマイナス要素なのだろうか?
さて、そこそこの突発的変態行為をしてしまった俺ではあるが、そのマイナス要素を哲学的思考でプラス方向に回避することに成功。
どうせこれからの学園生活で彼女みたいな美人さんとの接点なんて俺にはないと思うし?
てかさ、学校まで来たはいいものの……これからどうすればいいんだろうか?
視覚から情報を仕入れるためにキョロキョロとあたりを確認すると……右前方に人だかりを発見!
どうやらそこには新入生のクラス分けが張り出されているらしい。
「真紅璃……真紅璃……あった。1年A組か」
もちろん目的地が分かったところでそこに到達できるかどうかは別の話になるんだけどな!
でもほら、今日は入学式だから。校舎の入り口には、新入生用に教室までの案内図や矢印での張り紙なども設置されており。
指示された方向に向かい歩きだす俺。そしてその前方には先程力強くその匂いを嗅いでしまった大和撫子。
この娘、もしかして同じクラスなのかな? 向かう先が同じだったらしく、その後を付いていく形になっちゃってるんだけど。気まずい、これは気まずい……。
チラリとこちらを振り返り、目元を鋭くしてこちらを睨みつける彼女の視線は、完全に『ストーカー』を発見した時のソレである。
ちゃうねん、俺も同じ教室に向かってるだけやねん……。
でもここで変に視線を反らしたりしたら。それはもう自らがストーカーだと認めるようなものだからな?
そのまま堂々と王道を往くため、そんな彼女に微笑み返したら……引きつった顔で足早に立ち去られた。
「ふふっ、どうやら俺の勝ちみたいだな。
しかし、どうしてだろうか、この胸に残った寂寥感は……」
早足になったことで揺れた彼女の長い髪からさらにシャンプーと彼女の匂いの混じったいい匂いが広がり、それを全部取り入れようと……自分で言ってて何だがとてつもなくキモいぞ俺。
まぁね? 体は十五歳だけど中身は二十五歳のオッサンだからね?
女子校生の匂いを嗅ぐ行為、これはもうどうしようもない男としての性、それとも人間に生まれてしまったがゆえの業と呼ばれるものなのである!
あと『女子高生』を『女子校生』と呼ぶのはいかがわしいから止めるべきだな!
それにしても新学期早々、それも初登校の道すがらにクラスメイトらしき美少女と、出会って数分でマイナスフラグが立っちゃってるとか。これからの学園生活に不安しか感じねぇわ……。
考えても悲しくなるだけなのでそんな名も知らぬ麗しの君の話は置いておくとして。
学校の廊下なんていくら長くともたかが知れたもの。まもなく教室に到着し、後ろの引き戸から中に入る。
黒板に大きく生徒の名前と席順、机の上にも名前の書かれたプレートが置かれていたので自分の名前を確認後着席する。
迷宮科などという俺が暮らしていた地球ではありえない学科のはずなのに、室内を見渡してみればその生徒――友人同士、新しく知り合った者同士で語り合う彼、彼女たちの様子はただただ普通の高校生に見えた。
そんな中に混じっている、中身二十五歳の自分から見るその光景はとても眩しく、そして、現実感に乏しく。
割り当てられたパーソナルスペースである自分の机の上にダランともたれかかり借りてきた猫のように、大人しくその場で待機行動。
もっともその日は新しい教科書の受取りと体育館で校長その他のありがたくもない話を聞かされただけで終了。
入学式も恙なく終わり、親しい友人も知人も居ない俺は寄り道もせず真っ直ぐ帰宅。
いつまでも外食と買い食いだけで過ごせるほど金銭的な余裕はないので狭いシンクの隣に置かれていた油汚れのこびりついたガスコンロや、床に無造作に放置されていたトースターやオーブン機能なんてもちろん付いていない電子レンジをセッティング。
「……レンジのほうは動くけどガスが点かねぇ……と言うかガスの元栓は開いてあるのにガスの臭いがしないってことはガスが来てないのかな?」
そう言えばガスってガス管で流れてくるヤツ(都市ガス)と外にボンベを設置しないといけないヤツ(LPガス)があったよな?
水も出てるし電気もついてるからそのへんの契約も終わってると思ってたのに……。
スマホで『ガス 開通 方法』で検索するも。
「そもそもガス自体がねぇじゃん……」
どうやらこの世界では既にガスも石油も輸入はされていない――というよりする必要が無くなったらしく。
ならどうやってそれらのエネルギーを賄っているのかと言えば、もちろん『魔石』である。
「いや、確かにエネルギー革命がどうとかこうとかいう説明は読んだけど!
魔石……魔力が化石燃料を駆逐してるって結構とんでもないことだよな!?」
改めてここが俺の暮らしてた日本では無いと実感する。
そして……この部屋に置いてある生活家電その他(新しいモノで二十年落ち)が本当に粗大ゴミであったことを再認識した。