第17話 彼女にとっての新しい日の始まり~ 二人一緒の目覚め
スプリングの効いたベッド。
柔らかな布団。
まるで俺の顔を包み込むかのように、ふくよかな……ふくよか……な?
「ふくよかとはなんなのだろう?(哲学)」
目が覚めるとそこは『断崖絶壁』だった。どうも夕霧です。
うん? それはいったいどんな状況なのかって?
いや、それがほら。
昨日は明石さんが『お風呂に入りたい』とか言いだしたじゃん?
で、俺の知らない個室風呂というか家族風呂みたいなのがあるのかなと思って彼女に着いて行ったら……見慣れた派手なネオン街に連れ込まれたという。
いやそこ、未成年が入っちゃダメ……ああ、決していかがわしい宿ではないと。
ただのファッショナブルなシティホテルだと……それ、ただの詭弁っ!!
「大丈夫だから、何もしないから、ただお風呂に入りたいだけだから、ほら、私ってあまり歩いたりしないから足が痛くて、ちょっと休みたいだけだから、服とかも全然脱がないし、ちょっと添い寝してくれるだけでいいから」
「何その言い訳の詰め合わせ。
てか、どうして女の子の方が早口で捲し立ててきてるんだよ……。
あと、風呂に入りたいのに服を脱がないとか矛盾も甚だしいことに気づいて?」
ちなみに明石さんの今の格好はフード付きのコートに不織布のマスク姿。
さすがに鉄仮面姿だと知り合いに見られたらコンマ5秒で身バレするもんね?
それで変装もバッチリ……出来れば俺にもマスクをくれないかな?
どうせならと開き直り、プールとかも付いてるらしい一番高級そうなホテル――満室と。ならそっちの部屋の中に電車のセットがあるらしい――そっちも満室なんだ?
しかたなくごくごく普通の、見た目だけはメルヘンな『自称シティホテル』に入ることに。
「柏木くん、ほら、ベッドのある部屋からお風呂の中が見えるみたいよ?」
「ブラインドを下ろせば見えないように出来るけどね?」
「柏木くん、ほら、枕元のパネルを操作するとベッドが回るみたいよ?」
「乗り物酔いしそうだから回すのはやめようね?」
「柏木くん、ほら、天井も壁も鏡張りになっていてどこからでも結合部分が」
「とりあえずちょっと落ち着こうか?」
やっぱりゴリゴリの! それも昭和のラ◯ホじゃねぇか!!
その後も、
「柏木くん……私ってほら、元々貴族の娘じゃない?
だから、自分で体を洗ったこととか無いのだけれど」
「いや、引っ越してきてからは毎日自分で体を拭ってるとか言ってたよね?
そもそも准男爵家とか、下手したら平民より厳しい生活してるよね?」
「……なによっ!! 私はあなたに甘えたい、あなたは穴があったら入れたい、それはWINWINの関係でしょう!?」
「人のことを『中学生男子』みたいに言うのやめろや!
さっきまでのしおらしかった明石さんはどこに行った! 情緒不安定か!!」
「五年来の悩みごとから解放された人間が情緒不安定にならないはずがないでしょう!? 大丈夫、ちゃんとゴミ袋は持ってきたから!」
「そんなモノは捨ててしまえ!」
ゴミ袋だけにな!!
……すでに日付も変わってるっていうのに、俺たちは一体何の言い合いをしてるのだろうか?
結局最後には、
「そうよね……こんな女と一緒のお湯につかるのなんて気持ち悪いわよね……」
「それは使っちゃダメな手段だろ……」
声を震わせて上目遣いで俺のことを見つめる彼女に押し切られ。
「私の体を洗う時はタオルは使わないで欲しいのだけれど?」
「自分で洗えや!」
「……この頭はシャンプーが必要なのかしら?」
「どっちとも答えづらいわ!」
いや、マジでなんなのこの子のハイテンション……。
仕方なく、彼女の背中だけ流すことで双方の合意を得たあとは二人仲良く湯船の中へ。
そういえば自分ではスライム・ローションを使ってなかったな。
……どうせなら5本ほど放り込んじゃえ!
「柏木くん、私のお尻に何か固いものが」
「そういうのは気づいてもスルーしようね?」
美髪効果があると書かれていたのを思い出し、二人揃ってヌルヌルを頭からかぶる。
「……柏木くん、鏡に映る自分の姿が新手の化け物にしか見えないのだけれど?」
「大丈夫、俺も大差ない見た目だから。
ほら、これって美肌効果もあるからちゃんと全身に塗り込むように――」
「つまりあなたにくっついてお互いの体を擦り合わせればいいのね?」
「まったく違うけどね?」
……というようなことがあり。
はしゃぎすぎた明石さんも俺も、湯上がりそのままベッドに寝転んで寝入ってしまい、
(こうして誰か……私を救ってくれた勇者様の腕の中で寝ることが出来るなんて……)
(胸に顔を近づけるとあなたの心臓の音が聞こえるわ……)
(ほら、次はあなたの番よ? どう? ちゃんと私の心臓は動いている?)
(……私だけの勇者様……)
(誰にも渡さない……離さない離れない逃さない――)
ぺったんこに顔をくっつけて目覚めた今に至る。
「……なんだろう。
寝心地の良い布団で、それも女の子の体温を感じながらとかいうあり得ないほど恵まれた状況で寝てたはずなのに怖い夢を見た気がする……」




