第17話 「その数時間ををくれたことが……私にとってどれほど救いになったか!」
薬を口にしたとたん淡く、優しい光に包まれる彼女の身体。
「あら、あなたが私に不利益なことをするなんてありえないでしょう?
それに、もしこれが毒だとしても、それはあなたが私を楽にしてやろうという優しさからの行為でしょうし」
「いきなり毒殺とかしないけどね!?」
何にしてもまともに話をするのは初めてのお隣さんからの信頼が重い……。
薬剤(はたして聖水を薬と呼んでいいのかはわからないが)の効果で、少しでも状況が改善されているか確認するために再度、鑑定で彼女のことを視る。
蠱毒(蝦蟇):
聖水の効果により呪いの症状が緩和してはいるが、蝦蟇毒によりその効果は限定的である。
残り効果時間:11時間58分
……おお! ちゃんと効いてるじゃん!
「明石さん! 次はこっちの緑のやつ!」
『それが何の薬なのか』を訪ねてくるでもなく、状態異常回復薬も一息に飲み干すとまたまた淡く光りだす彼女。
蠱毒(蝦蟇)
聖水と状態異常回復薬の複合効果により、症状は完全に抑え込まれている。
残り効果時間:11時間56分
……やったよ明石さん! 家族が――じゃなくて、時間制限付きではあるけど呪いを中和出来たよ!
思わず笑顔になる俺の目の前、自分の身に起きた変化に気づいたのだろう、彼女がその目を大きく見開き――
「あ……ああ……あああ……っ! ……柏木くん……柏木くん!!
体が……私の体が……! 夜なのに……いまは夜なのに……!
さっきまでだって痒みで! 痛みで! どうしようもなかったはずの顔と頭が……」
「うん、ちゃんと治すことまでは出来なかったけど、どうにか潜伏状態までは持ち込めたみたいだからね。ていうか皮膚の治療のために、最後にその赤いのも飲んでおいてもらえるかな?」
「わ、わかったわ……」
三度目、彼女の体がこれまでよりも強く光ったかと思えば、皮膚が剥がれたように肉肉しいピンク色をしていた彼女の顔が肌色を取り戻していた。
「柏木くん! 柏木くん!
痒みと痛みだけじゃなく、ずっとヌメヌメとしていた私の顔が……」
さすがに『下級ポーションの組み合わせ』では数年がかりで症状の進行してしまった彼女の顔を元に戻すことまでは出来なかったみたいだけど……。
「……ゴメンよ。
今の俺の力だとそこまでの治療、それも半日持たせるのが限界みたい」
「何を……あなたは何を言っているのよ?
これまでの五年間、誰に相談しようと、どれだけ手を尽くそうと……。
改善することのなかった腐れ病を、気が狂うような痒みと痛みを、あなたは消し去ってくれたのよ?
それなのに……どうしてそんなあなたが私に謝る必要があるのよ……」
そのまま俺のことを押し倒すような格好で、またまた大泣きを始める明石さん。
彼女が泣き止むまで暫くの間、その背中をそっと撫で続ける俺だった。
* * *
「……ごめんなさい。
恥ずかしいところを見せてしまったわね」
「俺はいつもクールな明石さんの違う一面が見れて、ちょっとだけ得した気分だけどね?」
「あなた、臆面もなく、よくそんなキザなことが言えるわね……」
大泣きを始めてから半時間。
やっと落ち着いたのか、頬を染めて照れる彼女。
ていうか口下手DT男を捕まえてキザって何だよ……。
「それで、今の状態の確認なんだけどさ。
さっきもいった通り、明石さんの蠱毒の呪いは治ったわけじゃなく、さっきの薬で症状を抑えてるだけなんだよ」
「柏木くん、あなたはそれが簡単なことのように言ってるけど……。
あなたがしてくれたことは私が、私の回りの人間がこの五年間どれだけ頑張っても、どれだけお金を積んでも得られなかった効果なのよ?」
確かに、原因すら突き止められて無かったみたいだもんなぁ……。
「あなたの言う通り、私のこの状態は数時間後に元に戻ってしまうのでしょう。
でもっ! その数時間ををくれたことが……私にとってどれほど救いになったか!
それがどれほどこれからの心の支えになるか!」
「どうしてそんな一度きりの神の奇跡みたいに感極まってるのさ……。
別に、そこまで思い詰めなくてもいいからね?
これからも薬を飲み続けさえすれば、症状を潜伏状態のままで維持できるみたいだし
もっとも、そのためには一日に二回……いや薬効が切れないように調整するには三回?
何にしても定期的にポーションを飲み続ける必要があるんだけどさ」
「たかが薬を飲み続けるだけで、あの地獄から救われるなら毎日十本でも二十本でも飲むわよ……。
でもあんな、飲んだだけで体が光るような、特別なポーションを一度に2本ずつなんて……残念だけど私ではとても無理よ。
あっ、もちろんさっきいただいた分の代金はどんな事をしてでも必ず払うからっ!!」
「だからそこまで思い詰める必要は無いってば」
中務さんに渡す時の卸値、そこからの希望小売価格になると結構なお値段になっちゃうけど、仕入れ値換算すれば2本で3万円だから……それでも一日に6万円、たまに9万円。
ひと月だと200万円近くかかる計算になる――いや、そもそも今のままだと『残りの購入枠』的に、10日分も用意出来ないな。
「……代金自体は明石さんに『身体で(ダンジョンで魔石を稼いで)』払ってもらうとして」
「あ、あなたが望むのなら私に否やは無いのだけれど……ああ、もちろんゴミ袋はちゃんと被るわね?」
「うん、完全に俺の言い方が悪かったよね?
とりあえずポーションのことは任せてもらえるかな?
そこまで高い薬じゃないし、そもそも俺にしか用意できないものだし」
「私だって水薬の相場くらい知ってるのよ?
それを気にするなとか……無理に決まってるじゃない」
まぁこんなボロアパートの住人に『金ならどうにかなる!』なんて言われて納得、信用する奴のほうがおかしいもんな。
「……ていうか、二人とも粘液と言うか体液と言うか、明石さんのアレでベタベタになっちゃったな」
「何よその妙にいかがわしい言い方は……。
確かに、私の涙と、その、分泌液であなたの服を汚してしまったのは確かだけれど」
「分泌液もたいがいだと思うんだけど」
そこまで口にして、何やら長考を始めた明石さん。
「か、柏木くん?
その……せっかくあの不快な膿が消えたのだし。
久しぶりに、お、お風呂に入りたいと思うのだけれど?」
「ん? ああ、その意見には俺も大賛成かも!」
風呂。なんだかんだで朝晩センニチの施設でシャワーだけってことが多いからな!
今日はのんびり銭湯――いや、さすがにこの時間だともう閉まっちゃってるんじゃ?
それに、呪いの症状が収まってるとは言え、明石さんが大勢の前で鉄仮面を脱ぐのも……。
「ふふっ、あなたなら賛成してくれると思ったわ。
出かける前に着替えたいから――いえ、あなたも着替えが必要よね。
洗濯物は預かるから、ついでに持ってきてちょうだい」
「了解!!」




