第16話 これでも俺は『勇者』って呼ばれてたことがあるんだぜ?
「なんというか、十代の女の子にする仕打ちじゃねぇな」
「あなただって十代でここに引っ越してきてるじゃない……。
ふふっ、もちろん最初は自ら命を絶つことだって考えたのよ?」
おそらく、彼女が普通の精神力しか持たない女の子なら、間違いなくそうした結末を迎えてしまっただろう。しかし――
「でも、もしそれで死んでしまえば、私をこんな目に遭わせた奴の、毒を飲ませた人間の思い通りになってしまうじゃない?
……そんなのって、あまりにも悔しすぎるでしょう?」
そのケロイド化した、肉々しい顔を歪に――邪悪に歪める彼女。
そんな彼女を見た、率直な俺の感想はと言えば、
「悪役令嬢らしい、とてもいい笑顔だね?」
「……憎まれ口を叩いてると、台所から包丁を持ってきて無理心中を図るわよ?」
「このご時世に歌舞伎の題材になるのはちょっと勘弁かなぁ。
どうせなら一緒に死ぬより一緒に生きるほうが楽しそうだし」
「……あなたは女だと見ればそうやって、のべつまくなしに口説いているのかしら?
気をつけなさい、本当にそのうち誰かに刺されるわよ?」
などと窘められてしまったが、そのような身に覚えは皆無なので気にかけようもない。
「もちろん、私だって目的もなく生きられるほど強くないのよ?
だから『ダンジョンになら、この毒だか病気だか解らない症状を治せる薬がある』って思い込むことにしたの」
「……俺から見れば、ビックリするくらい明石さんは強いと思うけどな」
そんな目的を持った彼女ではあるが、ダンジョンに入れるようになるのは15歳から。
こちらに引っ越し、転校してからの中学生活三年間。
誰にも相手にされなくても、誰かに陰口を言い続けられようとも。
その歯を食いしばり、我慢に我慢を重ね続け。
「そうして年も開け、探索者として活動できる年齢にはなったけど、さすがに……ね。
いきなり一人きりでダンジョンに入るほど無謀にはなれなくて。
高校、迷宮科に進学することで技術を、そして一緒に魔物と戦ってくれる人を見つけられればと。
もちろん過度の期待なんて何もしてはいないのよ?」
淡々と語っていた彼女の視線がこちらを向く。
「……そんな時、私の前に現れたのがあなた。
いきなり隣に引っ越してきた騒がしいお隣さん。
誰とも交わることのなかった、話すことすらなかった私の時間に色を付けてくれた存在」
「どっちかって言えば世話になってたのは俺の方なんだけどねぇ?」
「あなたの存在がどれだけ私の支えになったか。
変わってしまった私に、化け物を見る目を向けるでもなく。
かといって同情するでもなく。ただただ普通のお隣さんとして接してくれたあなた」
まっすぐ、ただただまっすぐに俺のことを見つめる明石さん。
「そして。
こんな私を人間として。
女として見てくれた、たった一人の男」
嬉しそうに、けれど悲しげに彼女が口元を震わせる。
「でも……でも、それも今日で終わり。
こんな化け物に、これ以上関わろうなんて――っ!?!?」
彼女の言葉を遮るように、テーブルをのり越えて彼女を抱きしめる俺。
衝撃で机の上に置かれていた飲みかけのコップが床に転がり落ちる。
「あ、あなたはいったい何をしてるのかしら!?
ほら! あなたにまで膿が付いて……触ったらこの爛れが感染ると考えないほどのほどの馬鹿なの!?」
「……ムラムラしてやった。反省はしていない」
「何よその最低の答えはっ!!」
そう憎まれ口を叩くまでが限界だったのだろう。
そのまま俺の背中に手を回し、母親を見つけた迷子の子供のように泣き続ける彼女。
「明石さんは知らないだろうけど。
これでも俺は『勇者』って呼ばれてたことがあるんだぜ?」
「ぐすっ……何よそれ……。
もしかして、勇者も英雄も同じようなもの、だから両方女好きだとでも言いたいのかしら?」
……まったく違うけどね?
「勇者っていうのはお節介でさ。困ってる人がいれば助けるものなんだよ」
「助けて……あなたはこんな私のことを助けてくれるの?」
「当然! 泣いているお姫様を放っておくなんてしたら勇者の名がすたるからな!
……もちろん、本気で嫌がられてるなら話は別なんだけどね?」
「あら、勇者なのに弱気なのね?」
だって、この勇者は未だにDTだから。
女の子が泣いてると、どうして良いかわからず右往左往。
それこそ相手の迷惑考えず、抱きついたりしちゃうんだよ。
だから女の子が寂しそうに。
そんな別れを切り出すみたいに。
そんな寂しそうな顔を――しないで欲しいんだ。




