第16話 どうやら『ざまぁ』される側だった明石さん。
そんな前置きから始まったのはアカシさんの昔話。
『神戸家』という男爵家の分家で『明石家』の次女として生まれ、その美貌ゆえに自然と取り巻きができ、いつの間にかそれが当たり前になっていた小さかった当時の彼女。
「あの頃は他の女なんて、自分を引き立てるための背景くらいに思ってた。
可愛らしさや美しさを鼻にかけ、好き勝手に生意気に振る舞えるのが自分の特権で。
今の私が思い返しても、とんでもなく嫌な女だったと思うわ。
でも、当時はそれでも許されていたのよ」
しかし、そんな彼女に変化……いや、変化と呼ぶにはあまりにも残酷な運命が訪れてしまう。
「私の美しさ……こうして仮面で顔を隠して生きている、今の自分が言うとすごく滑稽ね。
その美しさを耳にした『伯爵家』から婚約を申し込まれたのは私が八歳の時。
落ち目の准男爵家の次女に過ぎない娘に、雲の上の相手から舞い込んだ縁談。
うちの家族はみんな有頂天になったわ」
……それはそうだろうな。
イスカリアでも『伯爵家』といえば建国に関わるほどの上級貴族。
名誉職程度の価値しか無い、準男爵家などとは家格が違いすぎる。
「相手の男性は……そうね、美少年と言って差し支えない人だったわ。
もっとも、当時は私の美しさに釣り合う男だとは思わなかったけれど。
それでも、相手が伯爵家なら仕方がない――
……あなたはどうして、半笑いの顔になっているのかしら?」
「キノセイデス」
だってそんな、『悪役令嬢ざまぁモノ』のテンプレみたいな話しをされたらねぇ?
「と、当時は勘違いした、勘違いしすぎた女だったんだから仕方ないじゃない!!」
プイッと俺から視線を背ける明石さん。
「そんな美しいだけが取り柄の、勘違いした木っ端貴族の娘が伯爵家の御曹司と婚約なんてすれば、それを快く思わない者など山ほどもいたのでしょうね」
それは思い出したくもない記憶なのだろう。
とたんにうつむき、その声を震わせる。
「……あれは婚約披露も兼ねた夜会でのことだったわ。
あちらこちらち挨拶して回って、疲れた私が誰かに手渡された飲み物。
それを口にした瞬間――」
突然彼女の身体を貫いた激痛。
悲鳴をあげてその場に倒れこみ、転がりまわる彼女の体から立ち上る煙。
まるで強酸でもぶちまけられたかのように。
胸から上――上半身の皮膚がみるみるうちに焼け焦げ、その皮膚が溶け……。
「伯爵家もあちらこちらと手を尽くし、いろいろな治療を試してくれたのだけど……どうやってもこの身体は戻らなかったわ」
そう言たかと思うと被っていた鉄仮面を脱いだ彼女。
ジクジクとした汁で肌に貼り付いた、巻かれていた包帯をゆっくりとはずすと……その顔はまるで、今しがたそうなったばかりのように生々しく膿み爛れ――
「ふふっ、どう? 思いのほか醜いでしょう?」
どこかの歌劇ようなセリフ。
彼女のその諦めきった問いかけに『そんなことないよ?』なんて軽々しい言葉で慰めることが出来ようはずもなく。
「……痛みはないの?」
「最初は気が狂うかと思うほど痒くて、のたうち回るほどに痛かったけれど、今はそこまで酷くはなくなったわね。
かといって、症状が緩和されたわけでもないのだけれど。
おかしなもので日中――夜明けから日暮れまではほとんど症状が出ないから、今のところギリギリ耐えられているわね」
ほうぼう手を尽くしはしたが、その腐れ病をどうやっても治療することができないとわかった彼女。
家族からは腫れ物扱い。
かつての友人からも化け物扱い。
「蝶よ花よと煽てられ、チヤホヤされていた小娘が……誰からも話しかけられない、相手にされなくなるというのは想像以上に辛いものよなのよ?」
小学校高学年の間は部屋で引きこもり、ただ泣いていたばかりの彼女だが、
『あんな気持ちの悪い生き物と一緒に暮らしているなんて知られれば私までお嫁に行けない!!』
という姉の一言を聞いた父親が『確かにその通りだな』と納得。
実家からも追い出されてしまい……。
「私みたいな娘にこれ以上お金を掛けたくないと、押し込まれたのだこのアパートというわけね」
それでも父親に見つからないように、母親から生活費だけは振り込まれているらしくて。
引っ越すことこそ出来ないが、そこまでの不自由はしてないらしい。




