第15話 冒険者ギルドとお隣さんの声。
新規の取引先登録料として『魔石1万容量』を巻き上げられ、やっとのことで解放された冒険者ギルド。
出迎えてくれたのは、ケモミミが愛らしい美人受付嬢――などではなく。
ここで指導員を兼任しているらしい、筋骨隆々悪人面の引退冒険者のオッサン(※個人の感想です)だった。
……いや別に? 文句なんて何もないんだけどさ。
「やっぱり引退した理由は、膝に矢を受けたから?」
「なんで膝を怪我しただけで引退しなきゃならねぇんだ?
そんなもん、傷口にポーションでもぶっかけておきゃ、それで無理なら教会に金を払えば治してくれるだろ?」
お前それ、読者の八割くらいは分かっててもツッコまないデリケートな部分だからな!?
ちなみにオッサンの引退理由は『行きつけの酒場の看板娘とズッコンバッ婚したから』だそうだ。
「子供が生まれるんだから危ない仕事はやめて!」嫁さんに泣きつかれたらしい。
……うん、ビックリするほど聞きたくもねぇ話だった。
まぁそんな、空気を読めないオッサンのことはさておき。
ここで商品リストに並んだのは【コモンクラス・駆け出し冒険者】のスクロール。
「あれ? 教会と違って最初からクラス・スクロールが売ってるんだ?」
確かに、冒険者ギルドに来て一番最初にすることは『冒険者登録』なんだから当たり前って言えば当たり前なんだけどさ。
お値段も牧師と同じ『魔石3,000容量』だったので即購入。
さっそく空いていたジョブ装備枠にセットしてみたが……牧師同様、スキルが増えるなどの変化は起こらず。
今日一日つけっぱなしだった牧師の方は経験値が『633/1000』まで上がってたので、明日には『有効化』できそうだけど。
ていうか、このジョブ経験値。
『魔石みたいに、青スラなら『1』、黄スラだったら『3』増えるかも!』
と、ちょっとだけ期待していたんだけど、どのスライムを倒しても1匹につき『1』しか増えず。
他の魔物ならつゆ知らず、スライムスレイヤーの俺にとっては1匹で1増えるだけでも十分ではあるんだけどね?
「ふふっ、牧師って言うからには、光魔法とか使えるようになるのかなー?」
魔法……異世界であれだけ恋い焦がれた魔法……。
それがまさか日本に帰ってきてから使えるかもしれないとは!!
期待が半分、もちろん不安も半分。
ワクワクしつつ布団に潜り込むと、今日も聞こえてくるのはお隣さん――明石さんの呻き声。
……なんだかんだで最近は挨拶もするようになったし?
手作りおかずのお裾分けなんてお宝も貰ってるし?
ずっと気にはなってるんだけど、それに踏み込むのも……ねぇ?
俺だってそうだけど、こんなボロアパートに同年代の女の子がひとり暮らしなんて、よっぽどワケアリってことじゃん?
いらぬお節介は迷惑でしかない……少なくとも俺だったらそう思っちゃうからさ。
「これが『恨み言』だけだったらスルーするのがベストなんだろうけど……」
恨み言が始まる前に聞こえる『痒い』とか『痛い』って言葉がさ。
少なくとも朝から言葉を交わす彼女はいたって普通の、鉄仮面を被った女の子に見える。
……いや、冷静になれ。鉄仮面を被ってる時点でどう考えても普通じゃないから!!
でも、それより気になってしまうのが、離れていても分かる『独特の臭い』。
もちろんそれはシャンプーや石鹸の香りじゃなく――
「……異世界で、戦場で嗅ぎ慣れた臭い。
あれって血膿とか、腐臭とか、その類いの臭いだよな」
それを考えれば彼女がいつも被っている鉄仮面の理由も自ずと見えてくるようで。
「あの下、顔か頭に大怪我をしている?
いや、それならポーションを使えば傷口は治るはずだよな」
いつもお裾分けしてもらってる料理の食材から考えると、とてもお金に困っているようには思えない。
「なら質の悪い皮膚病……とか?」
もしそうなら、末期のがん患者の症状ですら緩和する(らしい)状態異常回復薬でどうにか出来るかもしれない。
「……うん。ここでウダウダしてないで行ってみるか」
まぁ行くと行っても、そこはお隣さん。
大股で歩けば十歩、壁を壊せば三歩の距離。
部屋を出て、扉の前まで来たものの――
「やっぱ明日? それとも今度?
でも苦しそうにしてるのは間違いないし……」
またグダグダし始める俺。
それでなくとも優柔不断なDT髪フェチ野郎に、間違いなく厄介な悩み事があるであろう女の子に話しかけるという行為は敷居が高すぎる……。
ああだこうだと独り言をつぶやきつつ、ドアの前で反復横跳びにスクワット
一人体力測定のようなことを繰り返す不審人物。
そろそろ『ビクトリー!』と叫んでもいいくらい筋肉に乳酸がたまったころ――
『ギィ……』
蝶番を軋ませながら、ゆっくりと扉が開いた。




