第13話 久しぶりの休日――「それに……今はこんな近くに、こんなに素敵な中務さんがいてくれますから」 その2
てことで。
「そこまであなたの気分が沈むなんて……いったい何があったんですか?」
という中務さんの質問に答えるため。
「今日の最初の目的――まぁこちらは予定していたより時間はかかりましたが、面白いお姉さんたちに囲まれて楽しかったと言えば楽しかったのですが」
朝から病院へ向かい、主治医の先生に建て替えてもらっていた入院費用の払いをしたことを説明。
「そうですか、私に内緒で『主治医』に会いに行かれてたのですか」
いや、『主治医』に『おんな』っていうルビはさすがにおかしいから!
「でもそれってあなたの母親枠を勝手に名乗っている、うちの支部長と同年代の女性なんですよね? あれ? やっぱり柏木さんは熟女好きなのでは……」
「三十代がストライクなのは全然否定しませんけど。
別に年上が好きってわけでもないですからね?」
金髪、銀髪ならたとえ年齢一桁からでも、光源氏の如く地道に愛でながら育てきる自信があるし!
……なんだろう、我がことながら色々とヤベェ奴だな。
その後は昼飯。
ラーメン屋で知人と再会……いや、こっちの俺基準だと数週間顔を合わせてなかっただけだし、再会はおかしいか。
「えっ? えっ? えっ?
か、か、彼女? 柏木さんに彼女!?
聞いてないです! それ、私聞いてないです!」
まぁ異世界にいる時ですら一度も思い出さなかったような存在だし……。
「でもあれですよ? 世間一般で言うような『恋人の関係』とはまったく違うんですよ?」
向こうは俺の財布、俺は向こうの髪の毛しか見てなかったし。
「そ、そ、それってつまり、肉体だけの爛れた関係だったと……」
「まったく違う! ……とも言い切れないところがなんともかんとも」
そして最後。
『牛乳の旅立ち』での一幕。
「……何なんですかその女っ!
あなたのことを裏切った挙げ句っ!
自分のやらかした事を棚に上げて縋り付いてくるなんてっ!!
……埋める……沈める……焼く……」
「小声で不穏当なワードを呟かないでください」
もっとも、それにしたって今の俺の状況――
『丹精込めて育てたリンゴをトラックいっぱいに詰め込み、都会に売りに来た農家のおじさん。
【試食できます】の札をぶら下げたままで近くのスーパーに「駐車スペースを貸してもらえんじゃろか?」と、お願いするため車を離れ。
許可をもらってほっとひといき、戻ってきたトラックの荷台はもぬけの殻。
愕然と、その場にへたり込んでしまうおじさん……。
あまつさえ、出遅れて、リンゴを取れなかったおばさんに
「どうせならもっといっぱい持ってきなさいよ!
ていうかわざわざ来てやった私に迷惑を掛けたんだから家に送ってきなさいよ!」
などとわけのわからない罵倒までされ』
「てな感じで?
病院で生死をさまよってる間に遠い親戚に家財産から親の生命保険まで身ぐるみ剥がされて、今は風呂無しアパートで暮らしてるんだって教えてやったんですよ」
「なんですかそのまったく例え話になっていない、心にトラウマしか残さない悲しいリンゴ農家のお話は……?
……ええと、もしかしてですけど。
その話の続きは『だから元カノといっしょに暮らすことになりました』とかじゃないですよね?」
「残念ながら……でもないな。
その時の山口の反応は、リンゴを貰うのに出遅れたおばさんと似たようなものでして」
『そ、そうだったんだ?
えっと……私、あんたに貸せるお金とか全然持ってないからね?
あっ、私達って今から買い物に行く予定だったんだ!
ほら、マサシ! 早く行くわよ!
ああ! それから『柏木』! あんた私はもう何の関係ないから!
これからは見かけても声をかけてこないでよね!』
「て感じで華麗に手のひら返しされました」
「それはまぁなんとも情のない……見る目の無い女ですね?
ふふっ、それにしても、柏木さんも人が悪い。
確かにあなたのおっしゃったこと、お金を持っていかれたことも、風呂なしのアパートで暮らされていることも間違ってませんね。
……先月ひと月の稼ぎだけで地方に家が買えることを伝えていないだけで」
「ははっ、教える必要性を感じませんでしたしね」
「なるほど。この後すぐにでもその女のガラを攫ってやろうかと思いましたか、柏木さんとしては『今すぐラクに○してやる』つもりはないと。
これから散々その娘に、釣り逃した魚の大きさを教え、悔しい思いをさせてからダルマ──いえ、コケシにして裏風俗に売るおつもりなんですね?」
「何その斬新でえげつない解釈違い!?」
コケシはそういう意味の隠語じゃねぇよ!
「そもそも、顔を合わせてから別れるまで何の感情もわかなかった相手にどうこうする必要性を感じませんし」
そう言って目の前に座る彼女の蒼く、吸い込まれてしまいそうな瞳をじっと見つめる。
「それに……今はこんな近くに、こんなに素敵な中務さんがいてくれますから」




