第13話 久しぶりの休日――これほど心が動かないNTRがかつてあっただろうか?
記憶の中にある彼女とはまったく違う目の前の少女。
こちらとしては何の話も無いので、とっととワッフルワッフルしたいのに……なぜか隣に並んで付いてくる山口と、その横で明らかに挙動不審な坊主頭。
大きな声で歩き話をされるのも非常にめんどくさいうえに、他人から無関係――とも言い切れないが、俺にまで非難の視線が飛んでくるという迷惑極まりない現状。
仕方なく、本当に仕方なくどこか座れるところで話くらいは聞いてやるかと、ヨドヤバシカメラにある『ゴンタチャヤ』……無いな。
チッ、それなら『スタンリー・バックス』――も見当たらない。
ていうか『百舌鳥』と『グーリコア』はあったけど、『マクダラス』はセンニチでも見なかった気がする。
……もしかして海外発祥っぽい店は全滅してるのかな?
別に座席があればどこでもいいかってことで、バンサン街にある『牛乳の旅立ち』という喫茶店? に入店。
「あっ! 私いちごパフェ! あと、ハムと玉子とツナのクレープね!」
こいつ、ラーメン食ったばっかりでそんなに食うのかよ……。
俺と坊主は飲み物だけ注文。先に席についた山口がなぜか俺の方を見ながら隣の席をポンポンと叩いているがもちろんスルー。
向かい合わせに腰をおろす。
「それで、山口は何か用なのか?
俺としてはこれ以上他人のデートの邪魔をするつもりはないんだけど」
「で、デートとかじゃないし!
ていうかあんたが私の彼氏でしょうが!」
何が楽しいのか、妙にテンションの高いコケシ。
いや、たぶん『私今、二人の男を天秤にかけてる!』とか、くだらないことを考えてるだけだと思うけど。
一方の坊主はまるで借りてきた猫というか浮気現場に踏み込まれた間男?
ソワソワと落ち着かない様子で俺のことを上目遣いに見ている。
「ほら、そっちの新しい彼氏さん? も、俺がいると落ち着かないでしょ?」
「なんだよお前、どうしてそんな他人行儀なんだよ……。
たしかに、いきなり彼女と友達が一緒にいるのを見たら怒るのもしかたないとは思うけど」
イカツイ外見のくせに、蚊みたいな声で喋るなこの坊主頭。
「ていうか、そもそもお前は誰なんだよ……」
「はぁっ!? い、いくらなんでも小学校からの付き合いの俺にその態度は無いだろ!」
いや、俺が通ってた小学校にお前みたいな里芋顔の男なんて居なかったから!
「……ていうか小学校からの付き合い?
俺の中で友達って呼べるほど遊んでたのなんて宇良くらいしか思い出せないんだけど」
「なんだよ! 知っててその態度なのかよ! その宇良だよっ!!
もしかして事故で記憶喪失とか言わないだろうな!?」
えっ? 宇良?
「お前……サッカー部の部長で茶髪ロン毛だったの宇良なのか!?」
「何だよチャパツって!
……確かに小学校の頃は、一時期茶筅髷みたいな髪型してたけどさ!」
「織田信長か!」
山口の『コケシ』も大概だけど、雰囲気イケメンだったスポーツマンが『丸坊主の里芋』とか変わりすぎだろ!?
「ていうか、宇良だったら俺相手にどうしてそんなおどおどしてんだよ……」
「普通こんな状況で開き直れねぇだろ!?
ていうかお前はどうして彼女が他の男と一緒にいたのに怒らねぇんだよっ!!」
見覚えのないコケシと付き合っていた過去を認めたくねぇからだよっ!!
「もう! あんなに仲が良かった二人が久しぶりにあったのにどうしてそんな喧嘩みたいになってるのよ!」
たぶん全部お前のせいだよ!!
ていうか、店内のそこここから『修羅場?』『修羅場だよね?』『修羅場ね!』みたいな目が向けられてて居た堪れない。
「ええと、俺はお前達二人の幸せ心からお祈りするってことで帰っちゃだめかな?
これからセンニチダンジョンに(本物の金髪美人を見て癒やされに)行かないとだし」
「ユウはどうしてそんなことを言うの!?
あんなに、私の髪が好きだって言ってくれたのに!!」
……どうやらこの世界の俺は狂人だったようだ。
「それになによっ! 無事だったのなら、生きてたならすぐに連絡をよこしなさいよっ!」
「連絡も何も。事故で携帯は壊れたし、病院から退院したと同時にクソ爺に拉致されて強制引っ越しだし」
「そうよ! その引っ越しだっておかしいじゃない!
あの家は将来、私とあなたの愛の巣になるはずだったでしょ!?」
いや、家にお前の居場所とか最初から無かったから。
ていうかお前と結婚するとか、俺は前世で叡山の焼き討ちでもしたのか?
こいつ、ラーメン屋でも俺に奢れとか言ってたし……こっちの世界の俺、いったいこのコケシのどこに惚れて付き合って――
……いや、向こうではこいつも綺麗な金髪に染めてたし。
髪も長く、ポニテに結わえた、ゴムですぼめられたその根本に、指を差し込む趣味にも付き合ってくれてたら多少以上のわがままくらいは気にしてなかったけど、今から思えば彼氏じゃなく財布扱いされてただけなんだよな。
「よし、じゃあこうしよう。
本日をもちまして、山口さんとは綺麗さっぱり他人ってことで」
「どうしてそうなるのよ!?」
「どうしてって……。
逆に、どうしてそのまま元サヤに戻ると思ってるんだ?」
「だって、ユウは私のこと大好きだったよね!?」
いや、たぶんこっちの俺もそうだったと思うけど、あったのは『髪の毛フェチ』という事実だけで、恋愛感情なんてこれっぽっちも無かったと思うよ?
……などという正論をぶつけると、見物人からゴミのような視線をぶつけられそうなので、被害者面することに。
「だって山口さん、彼氏が死にかけてる時に友達――だったかもしれない男に言い寄ったんだよね?」
「言い寄ったとかじゃないし!」
「じゃあ宇良が寝取っただけか?」
「ね、寝取ったとかそういうんじゃなくてだな!」
「私はただ……あなたが事故に遭ったって……死んじゃったなんて聞かされて……」
「宇良、このままそいつに喋らせてるとお前が無理やり押し倒したって言われるぞ?」
「……いや、そのへんは……俺もほら、山口さんみたいなび、美人に迫られたら我慢出来なくて」
「まさかのお前からイッちゃったのかよ……」
マジかよこいつ……。
あれだぞ? 俺なんて本物の金髪美女、エルフの生まれ変わりである(かもしれない)中務さんの誘いで受け入れる勇気が無いんだぞ!?
それが、その場の雰囲気でコケシに流されるとか……いや、山口も見る角度によればお人形さんに見えなくもないけど!
でもそれは髪の毛の伸びる呪いの人形だからな!?
「違うの、そう、違うのよ?
あれは浮気とかじゃないの! ただ、寂しかっただけなの!
本気じゃなかったの! 私にはあなたしかいないの!」
……お前の隣で宇良が「信じてたのに……」とかつぶやきながら、死にそうな顔色になってるからそのへんにしてあげて?




