第13話 久しぶりの休日――まだ俺が飯食ってるでしょうが!
お昼もまわり、そろそろお腹も空いたので、
「あまりお仕事の邪魔をするのもアレですんで、今日はこれくらいで帰りますね?」
と、曖昧な社交辞令でそろそろ帰ります宣言をする俺。
てかもう、病院に来てから四時間くらい経ってるからな?
「だったらママもいっしょにご飯を食べにいく!
むしろママがご飯を作ってあげる!
あっ、それともおっぱいのほうが――」
「えっ? 斎藤先生って料理とか出来るんですか?」
「柏木さん! ここは私に任せて、あなたは先に行ってください!!」
「なにその死亡フラグ」
斎藤先生とお姉さんたちがワチャワチャと小芝居しているのをそのまま置き去りに、そのまま病院から外に出る。
「それにしても治療費……」
そのほとんどが『二型ポーション』の代金とはいえ、350万円って!
もちろんそれが無ければ死んでたんだから、決断即決、代金まで建て替えてくれた斎藤先生には足を向けては眠れない。
「ていうか、さすがにママとは呼べないって言ったら『じゃあ喜久子って呼んで?』ってお願いされたんだけどさ」
いや、主治医の先生を名前で呼んでる患者とかいないだろ……。
あと、おっぱいにはちょっと興味があったけど、吸った瞬間に何か取り返しのつかない不具合が起こりそうだったので自重した。
「さて、せっかく今日は休むって決めたんだし。
久しぶりに、このままウメダまで出てぶらつくか?」
ウメダの地下街。その一見さんお断りのややこしさから向こうでも『ウメダダンジョン』とか呼ばれてたけど……大丈夫だよな?
本物のダンジョンになってるとか無いよな?
大阪には三ヶ所しかダンジョンは無いはずなのに、無駄な心配をしてしまう。
オウジから地下鉄で揺られること七駅。
見慣れたようで微妙に違う駅ホームから外に出ると――
「知らない地下街だ……」
『まったくの別物!』ってほどじゃないけど、むしろそれも相まって違和感がすごい。
俺の知ってる商業施設――ヨドヤバシカメラ、キルアオオサカ、そして私鉄系の百貨店。
地下にはもちろんバンサン街やホワイトティウメダが広がっているが、その作りが全体的に『和洋東西折衷』というか、サイバーパンクというか。
「この独特の雰囲気。
嫌いじゃないけど、物凄く落ち着かねぇ……」
せっかくなので、こちらに戻ってきてからまだ食べてないモノがいいと、地下街から上がって入ったのは『てっけん』というラーメン屋。
店に入っただけで感じる独特のクセェ臭い……だがそれがいい!!
「チャーシュー麺と餃子二人前、あと焼き豚丼で!」
「あいよー!!」
注文も済ませ、手持ち無沙汰に店の中の観察を始める。
俺以外の、ほとんどの客がうつむいて、携帯端末をいじっているという、異様な光景に、
(ああ……これこそが日本だよな)
と、よくわからない納得をしてしまった。
……ていうか、あっちのカップル。
俺のことむっちゃ見てるんだけど?
まるでありえないモノでも見てしまったかのように、二人そろって目を見開いて、こちらを凝視。
あっ、眉入れに盛大に失敗した、前髪パッツンのおかっぱ――呪われた『人動』コケシみたいな女子がこっちに近づいてきた。
「ユウ……だよね?」
「いえ、人違いです」
「いや、その声は絶対ユウじゃん!
えっ? あんたって大きな事故で死んじゃったって、近所のおばさんから聞いたんだけど!?」
何なのこのコケシ?
もしかして自動追尾機能でも付いてんの?
「誰だよそんな縁起でもない話を広げるババァは……まぁ三軒隣の松山のおばさんに間違いないだろうけど。
正確には『事故って死にかけた』だけな?」
ていうかこのコケシ、俺のことを名前で呼んでるんだよな。
間違いなく知り合い、もしくは友人だと思うんだけど、俺の脳内データベースのどこを探しても、こんな『不気味の谷のコケシ』みたいな顔した奴なんていないんだけど?
……っと、続いてコケシの彼氏らしい坊主頭もこっちに来ちゃったよ。
「おまえ……マジで夕霧なのか……?」
いや、どうして知らん坊主頭までさも当然のように俺のこと名前で呼んでんだよ。
あれ? もしかしてこっちの世界の俺、実はめっちゃ社交的タイプだったとか?
てかこの坊主、妙にバツの悪そうな顔をしてるんだけどどうして――
「先に餃子と焼き豚丼お待ち!」
「あざます!」
ちなみに俺は餃子には何も付けない派である。
「おあとチャーシュー麺です! 伝票こちら置いときますねー」
料理も出揃ったので、さっそく「いただきます」と手を合わせる。
ここのちょっと分厚くて脂多めのチャーシュー、めちゃくちゃ好きだったんだよなぁ。
昔からちょくちょく――
「いや、どうして何事もなかったように彼女のこと無視して食べ始めてんのよ!?」
「アホか! ラーメンは早く食わないと伸びちゃうだろうが!!」
どうしてか『シンジラレナーイ』みたいな顔をするカップル。
いや、お前らも食ってる途中なんだから自分の席に戻れよ。
そのまま二人を完全無視して、食事を続行する。
「……さすがに餃子二人前は多かったな」
会計を済ませ、ノマケンでワッフルでも買って中務さんの様子でも見に行くかと店を出ようとした俺の後ろから。
「ちょっ、待ちなさいよ!
どうして彼女のこと置いてとっとと出ていこうとしてるのよ!
だいたいレジをするんだったら私の分も一緒に払いなさいよ!」
「何いってんだこのコケシ」
どうして俺が見ず知らずの民芸品の飯代まで払わねえとならねぇんだよ!
あれか? お前は俺の彼女か!!
……って、彼女? こいつたしかさっき『彼女のこと無視して』みたいなこと言ってたよな?
いや、確かに? 俺には昔――向こうの世界では、中学に入ったすぐに付き合い出した彼女がいた。
でもそれはこんなコケシじゃなくて金髪ギャル可愛い……そこまで可愛くはなかったよな。
で、でもほら、金髪だったし?
カラコンとか入れてたし?
そうだよ! 俺は昔から金髪フェチ、正確には姫騎士系エロフスキーだよ!!
……うん、話が逸れたな。
マジマジと目の前のコケシ……少女の顔を確認。
キツそうでシャープな瞳……ではなく、ただただ性格の悪そうな細いだけの目。
小さくて愛らしい唇……ではなく、○門のようなおちょぼ口。
あれ? もしかしてもしかすると――
「えっと、違うとは思うんだけど……お前って山口?」
「それ以外の誰だって言うのよ!?」
……どうやら本当に知人――いや、元カノだったらしい。




