サクラサク 第03話 何お前迷宮知らないの?
……てことで翌日である。カーテンの無い窓から差し込む朝の明かり、部屋に漂う湿度を感じる古びた畳の臭い。
爽やかさのかけらもない目覚めである。まだ十代なので自分から加齢臭がしないことだけが救いか。
衣類の入ってそうな軽い箱をひっくり返し、どうにかこうにか着替えとタオルを発見。
洗面台なんてオシャレなものはもちろん無いので台所のシンクで顔を洗い歯磨き棒……買いに行かないと無いよな。
「……いや、ここは日本だし。そんなモノ売ってないし。そもそも普通に歯ブラシがあるし」
時間的に百均もスーパーもあいて無さそうだが……高く付くがコンビニでいいか。
アパートを出たはいいもののこちらには引っ越したばかり、それも十年という記憶の隔たりがあるので土地勘皆無の見知らぬ土地。
近所にあるコンビニの場所なんて知っていようはずもなく半時間くらい徘徊してしまった。
商品棚を回り、見慣れたポテチに見慣れぬチョコ菓子、そしてコンビニ限定スイーツに後ろ髪を引かれながらも歯ブラシと歯磨き粉を入手。
財布の残金、早くも数百円。昨日のバーガー屋での散財が痛かった。
これ、今日の飯代とかどうしよう……もしかしてクソみたいな親戚に連絡とらないと駄目なのか?
いっそのこと即身仏にでもなってやろうかと思ったが、あんな湿度の高い木造アパートで完成するのは木乃伊ではなくただの腐乱死体だろうしな。
……いや、どうしてそうなる? 異世界ですら一人で生き抜いてきた俺がこの程度で何を諦めてるんだと己のことを鼻で笑う。
金……金……金……追い剥ぎ……山賊……だからここは日本! 異世界思考で行動すればアッという間に犯罪者!
……ちらりと見たレジには電子マネーが使えるとの表示。あっ! たぶん昔チャージした残金が……スマホ持ってきてねぇや。
残金……現金……借金……預金……それだ! 財布の中にキャッシュカードあったはず!
ATMで残金確認……こつこつ貯めていたお年玉貯金三十万円を発見!
どうやら俺の手元にあったキャッシュカードまでは手を出されていなかったようだ。
よし、朝飯にアメリカンドッグと揚げた鳥を買って帰ろう!
帰宅後、寝起きに散らかした荷物の整理、そして荷解きの続き。
大して面白いものが出てくるわけでもないので割愛……しようと思ってたんだけどさ。
『ソレ』を見つけたのはカラーボックスすら無い部屋の中で隅っこに着替えとかタオルを積み上げながら三箱目の段ボールを開いた時。
「おお……入学案内のパンフじゃん」
高校入学……そういえば俺、時間が戻って十五歳なんだった!
これから一人でどうやって食って行くかに意識を持っていかれて完全に意識から抜けてたわ。
「俺の記憶が確かならば、入学式ってたぶん来週の月曜とかだよな?」
手に取った学校案内の薄いパンフレット。
それをパラパラとめくる……
「いや、めくる前の表紙から漂ってくる違和感!?」
パンフレットの表紙にデカデカと印刷されていた学校名は俺が受験した『私立桜凛学園』。
うん、私立桜凛学園で間違いないんだけど……その後に続いている【迷宮科】って一体何なんだよ!
『何お前迷宮知らないの? ダンジョンの事だよ言わせんな恥ずかしい』などと脳内に声が響いて来そうだが、俺が言いたいのはそういうこっちゃねぇんだよ!
確かに? 異世界では普段の会話にも出てくるダンジョンだけどここって日本だよね? えっ? どういう事? もしかして学校が悪ふざけして雑コラ作った?
「よし、意味がわからない! とりあえず冒険者ギルドと酒場で情報収集……この近所にギルドあるかな? じゃなくて日本にはギルド自体がねぇよ!」
おそらく誰にも「あるある!」と共感してもらえないであろう異世界ノリツッコミはこのくらいにして。
さすがに十年ぶりの日本だとしてもモノを調べたい時にどうしていたかくらいは覚えてるからな?
机の上に置きっぱなしにしていたスマホを手に取り『私立桜凛学園』で検索、そして一番上に出てきた公式HPをタップ。
「トップページの校舎の写真はうっすらと見覚えがあるから違う学校ではなさそうだけど……」
下にスクロールすると現れたのは青春してそうな学生の写真。実に忌々しい光景である。
さらに下に……学校の施設の写真、校風、そして学科案内。
「普通科、商業科、迷宮科……本当にあるのかよ迷宮科……
そもそも俺が受験したのは女子が多そうな商業科だったはずなんだけど?」
学校の悪ふざけでは無かったことを確認。確認できたところで一安心では無いんだけどな?
開いていたタブを閉じ、今度は『日本 迷宮』で検索。
「普通だったら遊園地のアトラクションとかゲームのWIKIが出てくるくらいのはずなんだけど……なんか色々出てきちゃったわ。
てかCoolCoolMapに近場のダンジョンが案内されてるわ」
俺の記憶が確かならば……何かもうそれも自信が無くなってきたんだけどさ。
何なんだよ『ダンジョンの歴史と成り立ち』って? この『迷宮協会』とかいう聞いたこともない組織も気になるじゃねぇか!
とりあえず気になったページを次々とクリック、広く浅くかいつまんで流し読みしていく。
その結果を簡単にまとめると、
『迷宮』が確認されたのは『1999年、七の月』。つまり世紀末だな。
恐怖の大王が降臨すると言う予言は外れた……いや、外れては居ないのか? 上から来ると思ってたのが下から来ただけで。
同時多発的に全世界の首都圏にいきなり開いた黒い穴、それが迷宮――後に言われるダンジョン災害の始まりだった。
何もない場所……いや、首都圏だから高層ビルや地下街があった場所にいきなり現れたデカい穴ぐら。
入り口が地割れや陥没などの自然災害で出来たような物ではなく、ピラミッドやカタコンベのような古臭い見た目ではあるが明らかな人工物。
当然の様にその土地の所有者やそこを利用していた人間は大騒ぎ、今までに対応したことのない案件に一部を除く各国政府はおおわらわになった。
もちろんお役所仕事バンザイなここ日本はおおわらわチームの筆頭。
国としての対応が遅れている間に、後先考えない迷惑なバカ……穴があったら入りたい、むしろ入れたいというような『好奇心旺盛な陽キャのお調子者』が出てくるのは仕方のないことで。
政府による入場規制がされているにもかかわらず、スマホや小型カメラ片手に取らぬ狸ならぬ『取らぬ動画再生数』を夢見て大勢の人間が突撃!
……そしてそんな人間の殆どが中で死んでしまったことも仕方のないことで。
日本ではいつも通り野党である声だけはデカい少人数政党が、自分のことは棚に上げた責任追及をして、その当時の内閣が解散したとかしなかったとか。
さすがに救う必要のないバカの行動まで与党や総理大臣の責任にされるのはカワイソウ過ぎるだろ……。
まぁそんな連中の中でも、大怪我をしながらも運良く生きて帰れた連中によって中の情報が外にもたらされたのは不幸中の幸い……いや、他所の国の軍隊が犠牲を出しながらも色々な情報を出していたから、大した情報源にはならなかったんだからただの犬死にだったみたいだけどさ。
さて、そんな、いきなり地球上に現れた迷宮。
国内では『一般人の尊い犠牲(洞窟のカナリア)』が出たことにより、調査に人員を派遣するかどうかの小田原評定。
堂々巡りの無駄な議論が交わされている間に他所の国では素早い調査が行われる。
当然政府の出遅れに対してマスコミから鬼の首を取ったかのような批判が噴出した……んだけど、今回に限りその出遅れは吉と出た。
何故なのか?それは他国の迷宮に対する対応、そしてその行動に対する結果を見る時間が出来たから。
世界各国ではいきなり現れた不気味な洞穴に、まず警察組織や国軍を派遣して調査をした。
……一部国家では犯罪者や一般人を派遣したところもあったみたいだが。
そしてその結果、派遣された軍隊その他に大きな被害がでることになる。
日本でも迷宮帰りのおバカから報告されていたので『迷宮の中には人間を襲う危険な生き物がいる』ということは認識されていた。
もちろん他国でも似たような人間が居た事により各国もunknownの情報を知っていて、それら未確認生物を排除するために完全武装した兵隊を派遣したのだが
『何らかの影響で銃器が迷宮の中では殆んど効果を発揮しない』
と言う異常事態が発生。
後々分かったことらしいが『迷宮内では魔力により水中で銃を発射したような状態になる』らしく、銃弾の殺傷能力がほとんど無くなる(効果範囲数十センチ)とのこと。
想像して欲しい。見たこともない生命体に襲いかかられ、慌てて銃を撃ったらその弾は数メートル先にポトン。人ごとでも笑えない。
そしてそれはまだ運が良かった方の結末。
爆発する兵器(榴弾とか炸裂弾とか? 違いは知らないが)を使った人間は超至近距離の爆発に巻き込まれ……。
その犠牲を鑑み、ここで一旦落ち着いて対応を協議に入った国の傷はまだ浅かった。
しかし、さらなる強硬姿勢を示してしまうような(指導者の)気が短い国もあるわけで。
『わけの分からない穴など埋めてしまえ!』とか、逆に『入り口ごと壊して広げてしまえば機動兵器も使えるだろう!』などなど言い出す始末。
その結果は……迷宮内より未確認生物、後に『魔物』と呼ばれる危険生物の大量発生を招き、その結果として『迷宮近隣地域の崩壊』がもたらされた。