第11話 閑話 『お嫁さんにしたい探索者三年連続1位』のあの人。
鷹司葛。
鷹司侯爵家の惣領である『鷹司紅葉』の孫にして、若くして次期当主と目される俊英。
一之宮大学付属高校・迷宮科に通い始めた頃から頭角を現し、大学在学中には友人と共に探索者ギルド『桜花爛漫』を設立。
それまでは古参ギルドが牛耳っていた勢力図をわずか五年でひっくり返した異才――というのがよく知られている私の経歴。
まぁ半分は本当で半分はお芝居みたいなものなんだけどね?
そんなカズなんだけど……正直、最近ちょっと燃え尽き気味だったり。
その理由は『伸び悩み』というありふれたもの。
ここ半年ほどどれだけ魔物を倒しても、まったく『力』が湧いてこない。
そうなると、当然のようにダンジョン探索だって停滞しちゃうし……。
もっとも、自分に悩みがあろうとギルドの副ギルド長という面倒な立場が変わることはなく。
この二週間だって『後進の育成』という、聞こえはいいけど……要は大きくなったギルドの金策をするための、ダンジョンの長期アタックに巻き込まれ。
ギルドのスポンサーでもある。勘違いした顔だけは良い馬鹿の相手をしながらの『キャリー(身体強化の手伝い)』にほとほと疲れ果て、やっと地上に戻れば出たくもない打ち上げにまで参加させられ。
貼りついたような笑顔を浮かべならら、またまた男あしらい……帰宅したのが午前3時。
……これもうちょっとくらい暴れても問題なくない?
シャワーを浴び。
溜まりに溜まったメールを片付け。
ようやくベッドにもぐりこんだのは、夏なら外が明るくなり始める朝の5時。
そんなタイミングで、
『ラーララ、ララララ、ラーララ♪』
「……んにゅっ……ちょっと……朝っぱらから何なのよもう……」
眠気と疲れで頭が全然働かない。
思わず端末を握り潰しかけて――今流れているのが、最近は耳にすることもなかった曲だと気づく。
……あれ、これって硝子だよね?
指定着信音に設定したまま、もう何年も鳴ることのなかったそのメロディに、一瞬で眠気が飛んだ。
あの子が迷宮管理局に就職して大阪に行ってからもう4年。
夜会どころか新年の挨拶にも顔を出さなくなった、同い年の従姉妹。
そんな彼女がこんな朝からなんの用?
もしかしてあっちでいじめられて『やっぱり探索者に戻るわ!』なんて言うような子じゃないし……。
――コールが鳴ってからここまでの思考時間、おおよそ1.5秒――
寝起きで掠れた声をごまかすため、普段より1オクターブ高い声で電話に出る。
「あら、硝子から電話が掛かってくるなんて、今日は雪が降るかもしれないね?」
『冬なんだから雪が降るのはおかしくないでしょうが。
はぁ……あなたが変わりなくて、安心半分、呆れ半分だわ』
……久しぶりの全休日、人の寝入りばなに叩き起こしておいてこの言い草である。
「相変わらずなのは硝子の方じゃないかな?
で、どうしたの? もしかしてこっちに帰ってきてる? 遊びの誘いなら大歓迎だけど」
『残念ながら今は仕事中よ。でも、あなたはお休みみたいね?
ほんと相変わらず……肝心なときに運だけはいいんだから』
四年ぶりに連絡してきたくせに、自分は仕事中ってどういうことなのよ……。
『あなた、今日は忙しい?
もし空いてるなら――いえ、空いてなくても来てほしいんだけど』
「来てほしいって……今から大阪に?
ちょっと待って、全然話が見えないんだけど」
硝子の声に焦りはない。でも、それにしても唐突すぎる。
『探索者の最前線にいるあなたに見てもらいたいものがあるのよ。
いえ、正確には『試してもらいたいもの』かしら?』
従姉妹じゃなくて探索者の私に用事なの?
何それ、余計にわからなくなったんだけど!
「……ねぇ硝子。あなた、わざと大事な部分をはぐらかしてるでしょ?
もう、もったいぶらないでハッキリ教えてよ!」
『ふふっ、それはこっちに来てからのお楽しみよ。
タイムリミットは……そうね。『お昼14時』までってことでどうかしら?
それまでに着かなかったら支部長――綾香さんと話を始めちゃうけど、その時は悪く思わないでね?』
えっ? どうしてここで綾香お姉様の名前が出てくるの!?
「……硝子、あなたの『見せたいもの』って、鷹司と六条を天秤にかけるほどの代物なの?」
『そうね、天秤にかけるなんて言うのはおこがましいけど……私では手に負えないもの、というのは確かね』
男爵家とはいえ、貴族のはしくれである硝子がそこまで言うような代物。
なんなのよそれ、超面白そうじゃない!
そんなの、いくら親戚筋とはいえ六条なんかに取られたらたまったものじゃないわよ!!
電話を首に挟みながら立ち上がり、慌てて服を――あっ、そういえば昨日はシャワー浴びたまま、バスタオル巻いたままで寝ちゃったから……。
「ちょっとパンツはくから! すぐに用意して出発するからね? 絶対に私抜きで話を始めないでよ!?」
今日は一日中ゴロゴロして過ごすつもりだったけど……
久しぶりにワクワクできそうな予感に、さっきまでの疲れなんてどこへやら。
急いでタクシーに乗り込み、新幹線のチケットを電話予約する私の顔は満面の笑顔だった。




