第10話 異世界商店の新規取引先開拓。 その2
朝から動きっぱなしの疲れから、今夜こそはぐっすり眠れるぞ! と思いながら布団に潜り込んだ昨晩の俺。
そんな甘い考えは、二日続けて聞こえてきた女性のすすり泣きと、恨み言ので吹き飛ばされてしまったわけだが。
ていうか女性の声。どうやら霊的なモノではなさそうな感じなんだよ。
どうやら声の出どころは俺の頭側、つまり201号室から聞こえてるみたいだしさ。
普通ならここで、
『何だよ脅かしやがって! 幽霊じゃなくて人間なら怖がる必要もなかったじゃん!』
ってなりそうなものなんだけど……逆に?
『夜中に泣きながら世界を呪ってる隣人』
とか、ある意味『特級呪物』みたいな存在だからな?
お隣さんがいったいどんな女性なのか、確かめたいような、関わりたくないような。
天使と悪魔らなぬ、好奇心と警戒心のせめぎあい状態の俺なのである。
ちなみに反対隣。
203号室は喘息持ちの婆さんで、こっちはこっちで違う意味で心配になるし。
下の階からは、ヒステリックな母親が子どもを怒鳴りつける声と物を投げるような音まで聞こえて通報するべきかどうか悩んでいるという。
……どうしてこうなった?
一人暮らしの男子中高生の、お隣さんなんて、普通は天使様とかロシア語でデレる美少女とかそういうのじゃないの!?
いったい前世でどんな業を背負ったら、こんな包囲殲滅陣みたいな状況に置かれるんだ?
とりあえず文鳥か?
文鳥を買ってくればいいのか?
部屋にいるだけで気が滅入りそうなので、まだ早い時間だがダンジョンへ向かう準備を始めることに。
……まぁ下着を着替えて顔を洗うくらいしかすることは無いんだけどさ。
外に出て、シリンダー錠に鍵を突っ込んだその時。
錆びた蝶番の軋む『ギィ……』という音が聞こえた。
……言うまでもないとは思うが、開いたのは俺の部屋の扉じゃないからな?
タイミングが良いのか悪いのか。
お隣さん、201号室の扉が開き、中から――
えー……。
お隣の部屋から出てきたのは、セーラー服の上から紺のコートを羽織り、肩から通学カバンを提げている……女学生?
うん、確定形じゃなくて疑問形なんだ。
推定彼女のその姿。
『鉄仮面』で顔から頭まで隙間無く隠されたその異形に、
「……」
「……」
挨拶も出来ず、立ち尽くしてしまう。
そんな俺を一瞥したかと思うと、無言のまま顔をそらして階段を下りていくお隣さん。
鉄製の錆びた階段を『カン、カン、カン』と、靴音だけを残しながら遠ざかっていく。
……いやいやいや! 待て待て待て!
鉄仮面!? 鉄仮面ナンデ!?
まさか、このアパート、名前が『メゾン・ド・バスティーユ』とかで、住人全員がアレを被る決まりでもあるとか?
それとも彼女は女番長で、警察の手先とかそういう?
「わからねぇ、まったく意味がわからねぇ」
あと、普通に怖い。
「……とりあえず、寝る時は戸締まりをしっかり確認するようにしよう」
* * *
朝からのあまりの衝撃に、ついつい電車に乗ってしまった俺。
……まぁこれから毎日のことになるし、移動時間が短縮できた分を狩りに回せると考えればモトは取れるだろう。
昨日と同じように、インフォメーションに中務さんの姿を探すも、どうやら今日は違う場所に――窓口でポツンと佇む彼女を発見!
「ああ……中務さんの美しさで全てが浄化されてしまいそう……。
おはようございます」
「もう、あなたはまたそんなことを……。
ふふっ、おはようございます。今日はお早いのですね?」
うん、普通の人間が朝から求めてるのはこういうのなんだよ!
彼女と一言二言挨拶を交わしたあと、ポーションの売り場を尋ねる。
「ポーション売り場は東館の地下一階ですね。
もっとも、こちらではメーカー物とダンジョン産の一型しか取り扱いはしておりませんが」
なるほど。ていうかメーカー物が売ってるってことは、ポーションの量産には成功してる感じなんだ?
ここで中務さんに詳しく聞くのもアリだけど、さすがに二日続けて仕事の邪魔をするのも迷惑なので、素直に東館に向かうことに。
やってきた地下一階、ポーション売り場――なのだが。
「何これ、想像してた数倍はお高いんだけど!?」
ガラスケースの中に綺麗に並べらた小瓶。
異世界で言うところの『赤ポ(HPポーション)』の数々なんだけどさ。
中務さんが教えてくれた通り、種類は大きく分けて、ダンジョンから持ち出された『迷宮産』と、素材を地上の工場で加工して作られた『メーカー製造』の二種類。
その中でもダンジョン産は一型、二型、三型と商品がある(らしい)のに対し、メーカー産は五社の製品があるけど、その全てが一型ばかり。
「同じ一型って言っても、色の濃さがぜんぜん違うな」
赤色が濃いのはダンジョン産と表示されているもの。
ガラス越しではあるが、順番にこっそり鑑定をかけていく。
【メーカー産】
鑑定で表示された商品名は【製造会社名・劣化HPポーション】
お値段は3万円~5万円とバラつきがあり、その回復量は3~5。
「ていうか怪我の治療方法が、ジワジワと回復って何だよ」
つまり戦闘中は役に立たないってことだよな?
それってポーションとしては致命的な欠点なんじゃ?
てか同じメーカーの製品でも回復量のバラつきがあるとかどうなんだそれは……。
メリットはいつでも購入可能な大量在庫くらいだろうか?
【ダンジョン産】
商品名は『下級HPポーション(ダンジョン)』
売っているのは一型のみで、お値段は10万円で回復量も10。
「……いや、こっちの鑑定結果にもジワジワ回復って書いてあるんだけど」
ダンジョン産っていうから、てっきり異世界産だと思ってたんだけど思い違い?
それとも、俺が連れて行かれたイスカリアとは違う異世界産なのかな?
「ていうか、病院でポーションを使ったはずなのに、俺の体が徹底的に固定されてたのは回復方法が違ったからか……」
一応ダンジョン産の二型、三型の予約販売もしてるみたいだけど、入荷未定の時価という意味の無さ。
……これ、イスカリア産のポーションをこっちで売ったらボロ儲け出来るんじゃね?




