第09話 閑話 呼び出しをくらった金髪美女。
「今日は一日、楽しかったなぁ……」
私にとっては憂鬱でしか無い受付業務。
それもあまり折り合いのよろしく無い――いえ、私と仲の良い人なんてここには誰もいないけれど。
そんな私の前に突然現れた『柏木夕霧』さんという不思議な男の子。
今日一日彼の案内、お手伝いをすることで、入局以来初めて仕事らしい仕事をした私。
……その彼も先程帰ってしまったのだけど。
「それにしてもあの二人。
自分たちで私をインフォメーションから追い出しておきながら……」
まぁ、さすがにね?
お客様対応のためという建前はあるとはいえ、丸一日持ち場を離れていたのは少しだけ無理があったことをわかってはいるのよ。
そしてそんな、私に嫌がらせの出来る絶好の機会を見逃すような彼女たちではなく。
このモールの責任者、支部長である『六条綾香』に告げ口をされ、呼び出しをくらった私なのだ。
「はぁ。もうこのまま職員なんて辞めちゃって、彼と一緒に探索者に戻るなんて……」
いえ、それはダメよね。
それでなくとも秘密の多い、色々とサポートする必要のある彼なのだ。
管理局職員という今の立場は間違いなく彼の役に立つだろう。
「もう! もう! もうっ!」
今まで感じたことのない感情に戸惑い、小さな声で癇癪を起こしてしまう私。
もし彼が、利用し、利用されるような打算的な相手だったらこんなこと考える必要もなかったのに!
友人として、そして異性として。
普通に、ただただ私を普通の人間として、そして女として扱ってくれた初めての人。
そんな男の子に好意を持たないとか……ありえる!?
お顔だってあんなに可愛いのよ!?
年下彼氏、それも時おり垣間見えるサディスティックな視線……最高じゃない!?
「もっとも、今は異性としてより手間のかかる弟のようで目が離せないのよね……」
心とか、お腹……下腹部とか。
いろんな意味で満たされてしまった今日一日。
彼が最後にぶっこんできたのは魔物素材である『スライム・ローション』の買い取り依頼。
まず、新人探索者が『地道にスライムを狩る』という行為が近年あまり無いこと。
スライムの推奨討伐方法は『飛びかかってくるスライムの攻撃を盾で受け止め、鈍器で叩き潰す』という少し手間がかかる上に地味なモノで、なおかつ旨味の無い魔物だから仕方ないわね。
それに対して彼が実践してしてみせたのは『飛び上がったスライムの落下地点で、剣を構えて待ち受ける』という戦い方。
いえ、戦い方というかほとんど曲芸、軽業のようなものなのだけど。
彼が選んだ『パタ』という、まるでそれ専用に用意されたかのような武器の使い勝手の良さも相まって。
おおよそ三時間ほどのダンジョン探索、それも私と話をしながらの、のんびりとした戦闘で討伐したスライムの総数なんと二百体以上という……。
そんなスコア、今は最前線で戦っているあの子――鷹司葛だって出してなかったわよ!?
もっとも、そんな彼の脅威の戦闘効率に対してスライムからの拾得物は『ゼロ』。
魔石一つも落とさないという、さすがに運の悪すぎる結果に、どうにかしてお小遣いを渡す方法を考えていた私だったんだけど……そんな気遣いはまったく無用だったみたいで。
えっ? 収納スキル……って何!?
しかも、『自分で拾わなくても自動でアイテムを回収してくれる』って、それはいったい誰が拾ってるの!?
私、オカルト系のお話はあまり得意じゃないんだけど!?
ちょっと怖いから思いっきり抱きついても……いい匂いがするから駄目?
逆に押し倒してしまいそうになる? そんなのどんとこいなんだけど?
もちろん、そんな話は彼の探索者ジョークだと思ったのだけど。
何もない空間に、いきなり浮かび上がる『小さな小瓶』を見せられてしまえば。
それも、それが次々と。
19本も続けて目の前の机の上に並べられていけば……信じるしかないじゃない!
これがもし他のもの、そのへんで買えるような品物なら「上手な手品ね?」ですんじゃう話なのよ?
でも、彼が取り出したのはスライム・ローション。
私がここで働くようになってから、一度も納品されたことのない品物。
『入手方法は知れ渡っているが、あまりにも手間がかかりすぎて、誰も持ち帰ろうとは思わない』
ある意味レアばアイテム、それが19本も出てきたのだ!!
ていうか、ヌルヌルを持って帰って使うって何!?
私、そんなはしたない女じゃ無いんですけど!?
そもそも、そんなものを使わなくたって毎回十分潤って……えっ?
美肌? 美髪? 入浴剤として使うの?
……2、3本と言わず、すべて私が引き取らせていただきます。
じゃなくて!!
私、最初に説明しましたよね!?
スライムが魔石を落とす確率は十に一つ、素材ドロップなんて百に一つだって!!
それなのに200体のスライムを倒してローションが19本!?
素材入手確率が通常の十倍になってるじゃないですか!?
こんなのカズラに知られたら、地獄みたいな遠征に連れ回されて……。
とはいえ、今後の彼の『後ろ盾』を考えるなら、うち――中務家では不安が残ってしまうのよね。
ここは『鷹司』を頼る……いえ、支部長に会うついでに『六条』という手も?
でも、それをやっちゃえば確実にあの子が拗ねるのよね……。




