第08話 魔力酔いと『標識板(モノリス)』。 その2
ダンジョンに入って早々の『魔力酔い』。
未だに未解明らしい『異界文字』。
それにともなう『標識板の認識違い』。
それでなくともこの日本のことをよく知らない俺には情報量の多すぎるお出迎えである。
少しだけ悪戯――というわけでもないが、モノリスに書かれていた内容の一部、それが『ポータル・システム』と呼ばれるものであることを、嘘か本当か判別できないくらいにぼかして中務さんに伝えてみた。
ていうかそのポータルなんだけどさ。
【転移】とか【パーティ編成】とか、どう考えても探索に必要な機能がてんこ盛りだったんだけど……。
この世界の探索者、便利機能を使わない縛りプレイが好きなM気質の人間しかいないってことは……無いか。
たぶんさっき囁いたことの真偽を問いただしたいのだろう、そわそわしながらこちらを見ている中務さんに、逆に俺の方から質問をする。
「中務さんって、管理局の職員さんになる前は探索者だったんですよね?」
「もう数年前の話になりますがそうですね。
とはいっても、本格的にプロとして本格的に活動していたわけではなくて、学生の頃に従姉妹に付き合ってもぐっていただけですが。
ふふっ、これでも星二つの銅級探索者なんですよ?」
星二つ……確か条件は『二十層のボス部屋をクリア』だったっけ?
少し誇らしげで、でもどこか寂しそうな笑みを浮かべる彼女の態度が、少し気になった。
にしても高校大学、最長で七年間かけて二十層か。
もう少し踏み込んだ話も聞いておきたいんだけど……詳しいことを聞くには認識の違いと言うか世界観、情報のズレがありそうなんだよなぁ。
あからさまな質問とかしちゃうと警戒されるだろうし。
……でも言質を取られない程度で、カマをかけてみるくらいなら大丈夫かな?
「えっと、俺ってご存知のように探索者として――むしろ一般常識もあまりない人間でして。
もしも不躾な問いかけになってたらスルーしてほしいんですけど」
「それは私のスリーサイズが聞きたいとかそういうことでしょうか?
さすがに男性経験の有無は恥ずかしいのですが……でも、柏木さんがお望みでしたら」
「聞いてません聞いてません」
初対面の印象が結婚詐欺師。
そして無職のヒモを経由して、現在はセクハラオヤジ。
一度、この人の中での俺の認識をちゃんと修正しておく必要がありそうだな……。
「そうじゃなくてですね。
中務さんが現役だった頃の戦闘スタイルといいますか。
職種とかスキルってどんな感じだったのかなと、少し気になりまして」
「ジョブとスキル……ですか?
……そう、ですね。
もちろん入るダンジョンにもよりますが、広いところだと得物は薙刀を好んで使っていました。
回りからは従姉妹に仕える『腰元』みたいだとからかわれていましたね。
スキル……と呼べるほどのものではありませんが、舞い踊るように薙刀を振り回す『乱舞』を得意としておりました」
「何そのカッコいいけどはた迷惑そうなスキル……」
ていうか腰元……それは異世界で言うところの『メイド』のような、日本独自のジョブなのかな?
「ちなみに柏木さんは、どのようなジョブにお付きで、どのようなスキルをお持ちなのでしょう?
あっ、もちろん探索者としての秘密もあるでしょうから、答えていただけることだけで大丈夫ですよ?」
「あー……、それがですね。
スキルはいくつかあるんですけど、どれもこれも戦闘向きじゃなくて。
ジョブに関しては――無職なんですよね」
「あら? そうなのですか。
戦闘向きではないスキルというと……生産に関するもの、それとも探索を補助するものでしょうか?」
「どちらかというと補助系になるんでしょうか? 鑑定とかですね」
「鑑定……ですか。なるほど、それはとても素晴らしいですね!
あの、図々しいお願いなのですが。
私、久しぶりのダンジョンで、いろいろと忘れてしまっていて。
よろしければ――私を『視て』もらってもいいですか?」
「ええ、それはもちろん構いませんけど……。
中務さんの詳しい個人情報とか、見ちゃっても大丈夫なんです?
ああ、もちろんスリーサイズとかは表示され……ないと思いますので安心してください」
他の人のステイタス。
ずっと気になってたけど、勝手に見るのも気が引けてたのに、まさかの本人から許可をゲット!
彼女の気が変わらないうちに、左手をそっとかざして鑑定を発動する。
【中務硝子】
年齢:26歳 性別:♀
所属:日本人
レベル:21/50 クラス:無し
総合戦闘力:235 装備補正:微々たるもの
祝福:反逆の乙女
→ スキル一覧を見るには【ここ】をタップ
「……お名前は硝子っていうんですね?
なんかこう、透明感があってすごく中務さんらしくて良いですね!
そして年齢は二十六歳……二十二歳くらいかと思ってました」
「ふふっ、柏木さん?
未婚女性の年齢に触れるのは、あまり感心できることではありませんよ?」
「あっ、はい」
ニコニコ笑顔なのに、圧がすごい彼女。
いや、中の人的にはほぼ同い年だから気にする必要も――
「柏木さん?」
「……コホン。
レベルが21で、戦闘力は235……今の俺の四倍くらいあるんですけど?
てかおかしいな、クラスが『無し』になってますね。
いや、それよりも祝福! 中務さんも祝福持ちだったんですか!?
ていうか、『ラ・ピュセル』ってなんだろう?
もしかして、天空の城の異母兄弟とかそういう?
なんとなく聞いたことがあるような、ないような……」
「ラ・ピュセルはフランス語ですね。
直訳すれば『乙女』なのですが……いえ、私の場合は『使用人』の方でしょうか。
昔、ジャンヌ・ダルクがそう呼ばれていましたね」
「なるほど、それで反逆の乙女か」
反逆――なんとなく『アルセーヌ!!』って叫びそうになる響きである。
ていうか、中務さんは二十六歳で『乙女』なのだろうか?
もしそうなら……そういう経験をしてしまうと、祝福も消えてしまうのだろうか?
そんな下世話なことを考えながら洞窟内を歩くうちに、いつの間にかA区画――先ほども見たポータルの前に到着した。
「ていうかスライム。
ここまで来る道筋もそうでしたけど、本当に人っ子一人いないくらい不人気な狩り場なんだ?」
「そうですね。
他の魔物からの『魔石の入手率』が三分の一程度なのに対して、スライムは十分の一あれば良い方ですから。
さらに素材である【スライム・ローション】のドロップ率に関しては、百分の一とも言われていますので」
「何それ、マジで稼げねぇじゃん……」
向こうでは店の手配を始めてからはほとんど戦闘なんてすることもなかったし、体を慣らすって意味では、ちょうどいい相手ではあるんだけどさ。
気を取り直し、スライムを探すためにポータルから少し歩く。
ほどなくして視界に入ってきたのは、異世界でもよく見たぷるぷると揺れる【青スライム】だった。
「……先に私が行きましょうか?」
そう気を使ってくれる中務さんに「まぁ見ていてください!」と返事を返す俺。
まずはゆっくり……すり足でジリジリと近づく。
あと少し……大丈夫、相手は子供でも倒せる魔物なのだ。
その透明な体をプルプルと震わせるスライム。
奴がこちらを認識し、飛びかかってくる距離はおおよそ五メートル。
右手に嵌めたパタをしっかり握り直し、息を整えてさらに距離を詰め――
「へぶっ!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
……思いっきり顔面に体当たりを受けてしまった。
クッ、距離感を掴みそこねちまったぜぇ!!




