サクラサク 第02話 と思ったら木造アパートの中だった!
浅い眠りから覚める時のような、全身麻酔状態から意識が戻るような不思議な感覚。
体に軽い浮遊感を覚えた後、目を覚ましたその場所は『異世界に呼び出された時』そのままの見慣れた俺の部屋。
「いやこれ、言うほど見慣れた部屋か?」
だってここ、異世界に旅立つ少し前に引っ越してきたばっかりの、正確には『引っ越さされた』ばかりの部屋だからな?
そんな場所に見覚えも何の思い入れもあろうはずがなく。
それもあれだよ? キッチンではなく台所、トイレはもちろん和式(水のタンクが頭上に設置されたタイプの水洗)、風呂なし六畳一間の昭和感満載の木造アパートという、この令和の時代にどうやって探したんだって感じの部屋だからな?
うん? 俺が実家ではなく一人でこんなところで暮らしてる理由?
最初に言ったじゃん……両親がいきなり交通事故で他界したってさ。
両親が亡くなり、一人っ子だった俺が未成年で放心状態になり、役所や保険会社、その他の手続きなど何も出来ないのを良いことに、何処からか集まってきた盆暮れの挨拶すら疎遠な親類縁者に身ぐるみ剥がされて家まで盗られて追い出されたからだよ!
しかしあれだな、こうして落ち着いてる今だから分かるけど俺の親戚連中、父方母方問わずゴミみたいな人間しか居ないな……。
荷解きもしていないダンボールに囲まれ、所々染みのある草臥れた畳の上に放り投げられたように広がっている布団に寝転がり天井を見上げる俺。
「くっ、はっ、はははっ、異世界に放り出された十年前より無事に地球に帰って来た今の方が未来に対して不安が大きいってどう言うことなんだよ……」
おっと、独り言でもあまり大きい声を出したら隣の住人に壁ドンされるかもしれないし自重しないとな。
このアパート、おそらく見たまま『獅子の城(レ○パ○ス)』の半分くらいしか壁の厚さもなさそうだし。
さて、繰り返しになるが……俺がここに引っ越してきたのは(異世界時間で)今から十年前の話。
多少うろ覚えではあるが、覚えている範囲で状況整理をしておこう。
まずは自分の名前から。『真紅璃夕霧』。
さすがに自分の名前を忘れるなんてことはない。異世界でも特に偽名は使ってなかったしな。
まぁ名乗ってたのは名前だけで、フルネームで自己紹介する機会なんてほぼ無かったけど。
次にこちら、地球での年齢だけど、二十五歳……ではなく、たぶん十五歳。
こちらに戻される時にそんなようなことを『神様(仮)』が言ってたからおそらくそうだと思う。
体は子供、頭脳というか中身もそれほど成長してる気がしないので若返っても特に問題は無いと思う。たぶん。
季節的には……向こうに飛ばされたのが中三の春休み……高校入学前の三月末だったはずだから、おそらくそのまま春休み中だろう。
てか俺、本当に異世界に行ってたんだろうか?
もしかして、走馬灯のように十年分の白昼夢を見てたとか……それはないか。さすがに期間が長すぎるし、記憶がハッキリしすぎてる。
しかし、天涯孤独の身の上とかマジでこれからどうしよう……。
いや、一応『自称親戚』はそれなりの人数いるんだけどな。
俺が高校を卒業するまで面倒を見る(見るとは言っていない)と言う名目で両親の保険金の大部分を窃取した父方の祖父母。
通う学校の近くで部屋を借りた方が何かと便利だろうと両親が建てた家を占拠し、俺の荷物を勝手にまとめて追い出しやがった大叔父家族。
形見分けだと両親の身の回りの品だけでなく、俺の部屋の荷物まで盗んでいきやがった有象無象。
うん、とても『頼りになる親戚』である。
部屋代(火災保険と水道代込み、光熱費含まず)と最低限の生活費、高校の学費は大叔父と父方の祖父母が共同で出すことになっているはずだが……はたして追い剥ぎの言うことがどこまで信用できるのやら。
むしろ全部くれてやってでもそんな連中とはとっとと絶縁……いや、違うな。
因果応報悪因悪果。やられたことはやり返し、取られたものは取り返さないとな。
でもそんな事を言っても、今の俺ってただの十五歳の子供なんだよなぁ……。
そう、ギリギリ銀行口座だけは自分で開設出来る程度の、何の後ろ盾もないただの未成年、『少年A』なのである。
頼れる大人、保証人になってもらえるような知り合いすらままならないこの現状。
どう頑張ろうとも時給の安いアルバイト以外の働き口なんてあるはずもなく。
せっかく(誰かが向こうで)頑張って帰ってきた(いきなり異世界を追い出された)のに!
マジ日本、異世界よりも潰しがきかないとかどうなってんだよ!
思わず某活動家のように『日本◯ね!』って叫びそうな気分だわ。
うん、これまでのことを思い出してもこれからのことを考えても建設的な意見がまったく出てこねぇ。
「てか、向こうで晩飯食う前にいきなり転移? 転送? されたからむっちゃ腹減ってるんだけど……」
時間を確認……しようにも、荷物は全部箱の中。まだ壁掛け時計すら設置されてないんだよな。
一応最低限の電化製品や台所用品――地デジに対応していないブラウン管テレビとか、変色したワンドアの冷蔵庫とか、錆びついたガスコンロとかは設置されてるんだけど……てかこれ、粗大ゴミに出すと金を取られるから俺に押し付けただけだろ!
何にしても引っ越して来て間無しに異世界に呼び出されたから、ダンボールまみれの室内は一切片付いていないのである。
「はぁ……」
視線を外に向けると宵闇どころか真っ暗な夜。
カーテンもまだ掛かっていない、開閉しようとするとギイギイと錆びついた音がしそうな窓から見えるのは、何の店かは分からないネオンの明かりだけ。ため息しか出ないとはまさにこのことか。
「てか、異世界で一人暮らしと言うかその日暮らししてた俺だからため息くらいで済んでるけど、昔の自分だったらちょっとした自◯案件だぞこれ……」
起き上がり、ゴム部分が劣化してドアの粘着力が弱くなった冷蔵庫を開いてみるも……もちろん何も入っているはずもなく。
何も入ってないくせに漬物臭が染み付いている冷蔵庫にゲンナリ。
……今気づいたけど、着てた服が異世界で買ったそれじゃなく、いつの間にか昔着てたそれに戻ってるんだけど!?
異物感のある、ズボンのポケットをゴソゴソと弄ってみると……スマホと財布を発見。
なんていうかこう、俺の状況が一昔前に流行った『脱出ゲーム』みたいになってるな。
玄関の鍵、ちゃんとひらくよね? 棚の中にダイヤル式の箱が隠されてたりとかしないよね? 変なとこにネジでとめられた蓋とかないよね?
狭い部屋の中をあちらこちらと振り向きながら、ドライバーとかペンチとか探し回らされるのは勘弁してもらいたいものである。
まぁそんな分からない人の方が多そうなニッチなゲームの話はどうでもいいとして。
時間を確認するためにスマホのボタンを軽くタッチすると……なんだよ、もう二十時前なのかよ。
ついでに財布の中身も確認してみるが入っていたのは三千円ほど。
少々どころかとてつもなく心もとない金額ではあるが、久々の日本だからな!
そのまま外に出て、懐かしい景色をキョロキョロと確認しながらも駅前まで移動。
本日は『百舌鳥バーガー』でジャンキーな晩飯である! ……久しぶりの、懐かしい味に鼻の奥がツンとなった。
百舌鳥チーズバーガーとダブル照り焼きは最強!
『百舌鳥といえば照り焼きチキンだろ!』って? いや、照り焼きチキンは『新鮮な感じのバーガー屋』で生焼けのモノを食わされたことがあってさ。それがトラウマになってて警戒心が先立って美味しくいただけない身体に……。
ちなみに百舌鳥はサイドメニュー系が少々お高いので、飲み物はコンビニで購入するのが俺のジャスティスなのである!