第08話 魔力酔いと『標識板(モノリス)』。 その1
いきなりプレッシャーをかけられてしまったが、俺のやること――ダンジョンに入るという目的に変化はなく。
少しだけ疑問を感じながらも覚悟を決め、そのまま『転移門』に飛び込む。
高速移動していたエレベーターが止まるときの、少しだけ不快な浮遊感。
瞬きをした俺の目の前に広がっていたのは、薄暗いが見通しのきく、体育館ほどの広さの、あちらこちらへと道の伸びる洞窟の中だった。
「なんだろう? ヒカリゴケとかそういうのにしてはえらく明るいけど」
鍾乳洞のように湿度が高いわけでもなく。
それでいて冷気を感じさせるほどに空気は冷たい。
なんていうかこう……洞窟ってワクワクするよな!!
それでなくとも『穴』というものが大好きなのが男の性。
自然洞というよりは人工物。
かなりの広さがある防空壕のような洞窟の坂道をおっかなびっくりと下っていく。
「確かこの奥に、転移門と同じ素材でできた『標識板』ってのがあって、触ると光る――あれ? 中務さん?」
さすがに手を繋いだりはしてなかったけど、同じようにゲートをくぐったのに。
隣にいたはずの彼女の姿はそこになく。
「えっ? どうして……もしかして転移事故に巻き込まれた!?」
悪い予感に駆られ、慌ててて中務さんを探す。
……まぁ転移門のすぐそばでうずくまってたんだけどさ。
「ど、どうしました!?
もしかして足でもくじきました!?」
急いで駆け寄った彼女のそばにかがみ込み、彼女の安否を確認する。
いやいやいや、見たこともないような真っ青な顔してるんだけど!?
「マジで何があったんです!?
もしかしてどこかから遠距離攻撃を受けました!?」
「い、いえ、そのような大層な理由ではなく。
ダンジョンに入るのが、久しぶりだった、ので、魔力酔いがですね……。
と、いいますか、柏木さんは……初めてのダンジョン、のはず、ですよね?
それ、なのに、どうしてそのように平気な、お顔を……?」
「いや、どうしてと聞かれましても何も感じないからだとしか……」
初めて聞いた『魔力酔い』という症状に苦しそうな表情の中務さん。
「あっ、もしかして外の芝生で死んだような顔で転がってた人たちって」
「体、を、魔力に、馴染ませて、いる、最中の方、たちですね」
「といいますか、中務さんも一度外に出たほうが……立てないようでしたら肩を貸しましょうか?」
なんだったらおんぶ、さすがにお姫様抱っこは首にしっかり抱きついてもらわないと落としちゃうかもしれないから駄目だな。
「じゅ、十分もあれば、慣れますので……。
あっ、よろしければむ、胸など揉ん……さすっていただければ、いろいろと元気になれるのですが」
この人は一体ナニを元気にしようというのか。
人の出入りがそれほど多くない時間帯とはいえ、さすがに転移門の前でしゃがみ込んでいると次に入ってきた人たちとぶつかってしまうかもしれないので、彼女をおぶって標識板の近くまで移動することに。
「くんくんくんくんくんくんくんくん」
「高速で首の臭いを嗅ぐの止めてもらえます?」
俺も匂いフェチなのでその気持は解らないでもないけれども!
中務さんが死にかけのマンボウのような顔でへばっている間。
手持ち無沙汰になった俺は、触ると光って綺麗らしい標識板で遊ぶ……調査を開始することに。
「まずは指先で優しく……まるで羽の先が触れるような力加減で、そっと円を描くように……」
「柏木さん、もしかして石の板相手にエッチなことしてませんか!?」
「さすがにそんな性癖はない……おお! 本当に光った!!」
途端にモノリス全体がぼんやりとした光を放ち、そこに書かれた文字がくっきりと浮かび上がる。
てか淡い光を放ってるモノリスって幻想的っていうよりSFチックというかサイバーな雰囲気なんだな。
「……確かここに書かれてる文字って未だに誰も読めないんですよね?」
「はい、二百年も経つのに解明されていないどころか、その取っ掛かりすら掴めていない状況ですね」
「そうなんですね」
ていうか俺、ここに書いてる文字が普通に読めるんだけど?
これってバレたらいろいろとややこしいことになっちゃうよね?
「……もしも、かりに、たとえば、まんがいち、ひょっとして」
「クスッ、なんですかそのくどい言い回しは」
どうやら少しは体調が回復したのだろう、中務さんが俺の隣に立ち、標識板に触れていた俺の指に彼女の指を絡ませてくる。
「俺がこの文字が読めるとか言い出したらどうします?」
「お婿さんにしちゃいます」
「それ、字が読めることと何の関係もないですよね!?
まったく……純真な少年をあんまりからかうと、本気にしちゃうかもしれませんよ?」
「むしろ冗談だと思われていることが心外なのですが?」
「いきなり素のトーンになるの止めて?
あと怖いので、洞窟の中で目のハイライトを消さないでください」
そんな話をしながらも、浮かび上がった文字を目で追い、読み進める。
「(中務さん)」
近くには誰もいないし、どこかから響いてくるカンカン・コンコンという岩を削る音で聞こえないとは思うが彼女の耳元で囁く俺。
「ひうっ!? な、な、な、なんでしょうか!?」
「(標識板とか呼ばれてるこれ、正式にはポータル・システムって言うらしいですよ?)」
「……えっ? それは一体……えっ? えっ? まさか、本当に……?」
それだけ伝えると、驚いた顔でこちらを見つめる彼女から離れる。
「さて! 中務さんも回復したみたいですし、さっそくスライム退治にいきましょうか!」




