第04話 幕間 金髪美女と心の闇。
ここは大阪にある『センニチダンジョンモール』の中央インフォメーション。
今日の私は、同僚の境さん、岸和田さんと三人で来客案内を担当している。
……とはいえ、この二人と一緒だと今日も特にやることはないでしょうね。
性格はあまり『よろしくない』けれど、見た目だけは男受けする人たちだから。
業務開始から数時間。
窓口のほうはまだまだ混み合っているけれど、朝いちの混雑を乗り越え、ようやく一息つけたところ。
……もっとも、今日も一人として私に声をかけてくる人はいませんでしたが。
「中務さんはいつもお暇そうでうらやましいです~」
「そうねぇ。それで私達とお給料が貰えるんだから、本当に羨ましいわよね」
あいもかわらずの彼女たちからの嫌味な言葉。
それを聞き流すことにも、ずいぶん慣れてしまった。
「あっ、あれって新人さんじゃないですかね~?
可愛い男の子がこっちを見てますよ~」
はいはい。どうせああいうタイプの子は岸和田さんのところに行くんでしょうね!
……そう思っていたのに。
あれ? そのまま真っすぐ進むと。
彼が歩いてきたのは、他の誰でもなく私の前だった。
えっ? えっ?
ちょっと待って。これってどういうこと!?
確かに窓口が混んでいる時は、仕方なく私のところに来る人もいるわ。
でも、今はここにいる三人とも手持ち無沙汰にしていたのよ?
それなのに、どうして私のところに?
もしかして罰ゲーム? それともドッキリなのかしら?
あまりのことに高速で目を泳がせるだけの私。
でも、目の前に立つ彼は嫌々などという否定的な物ではなく。
まるで恋する少年みたいな瞳で、私を見つめている。
な、なんなのこれ……希望と願望が入り混じった白昼夢?
あまりに現実味のない状況に、ポカンとした間抜け顔をさらしてしまう。
そんな私に、彼が紡ぎ出した言葉は。
「美しい人、よろしければお名前だけでも教えていただけませんか?」
……
……
……
はっ……はいぃぃぃ!?
う、美しい人!? 今、私のことを美しいって言ったのよね!?
も、もしかしてこの人、いま私のことを口説いたのかしらっ!?
確かに? 迷宮管理局の受付嬢は『ルックス採用している』と言われるほどに粒ぞろい。……まぁ私はコネ入社なんだけど。
そんな女性ばかりの職場ともなれば、声をかけてくる男性なんて珍しくない。
でもそれは、いつだって『私以外』の話だったのだ。
ど、ど、ど、どうしましょう!?
二十三年生きてきて、こんな経験初めてなんだけど!?
名前を聞かれたんだから答えればいいのよね?
でもそれって安い女だと思われたりしないかしら!?
頭の中でいろんな考えがぐるぐると回り、立ち尽くすことしかできない私に、再び彼から声がかかる。
「あれ? ここってインフォメーションですよね?」
「えっ、ええ。それであっておりますが……」
なんとか、それだけは答えられた。
何なの? どういうことなの?
インフォメーションだから名前を聞いてきたの?
もしかして、さっきの『美しい人』っていうのは社交辞令だったの?
……そう、そうよね。それしかないわよね。
たった一言お世辞を言われただけで、私はいったい何を浮かれていたのかしら。
落胆、失望、意気消沈。
砂漠でやっと掬い上げた水が幻だったように、心に灯った光がまた消えていく。
……いえ、そうじゃないわ!
そう、もう一度尋ね返せば、きっと彼は同じ言葉を返してくれるはず!
「……申し訳ありません、ご質問を聞き逃してしまいまして。
もう一度お願いできますでしょうか?」
「あっ、はい。探索者の新規登録はどこでやればいいのか教えていただきたくて」
……うそ。さっきの言葉と全然ちがうんだけど!?
あれ? もしかして、私の願望が幻聴でも聞かせてたの?
あまりのショックに、何の感情もない機械のような声で私は答える。
「新規の登録ですと、五番窓口に」
「あら、せっかくだし中務さんが担当して差し上げれば?」
そう答えようとした私のすぐ隣から、境さんの意地悪な声が割り込んてきた。
……この人はあいもかわらず……どこまで私に嫌がらせすれば気が済むのかしら!?
さすがに案内係が持ち場を離れるわけにはいかないと言い返すも。
「ふふっ。ここに立っていても、あなたに話しかけてくる人なんて滅多に……これまでまったくいなかったんだから問題ないでしょう?」
……ええ、ええ! たしかにそうですよね! わかりました!
別にあなたのような方と一緒にいたいわけでもないですし!?
受付を離れて迷子を案内することくらい、日常茶飯事のことですから!!
たしか、彼に尋ねられたのは探索者登録の方法だったはず。
それなら年齢の条件さえ満たしていれば、何の問題もない。
……でも、正面から見た彼。
岸和田さんが言った通り、確かに可愛らしい顔をしてたのよね。
だ、大丈夫よね? 十五歳は越えてるわよね?
少しだけ心配になりながら、彼を二階の相談室まで案内する。
道中、何か話さなきゃと思い立って、先ほどの無様なやり取りを謝罪すると。
「えっ? いえ、確かにちょっとビックリはしましたけど……。
やっぱり美人だとああいうイジメ的なことされるんですね?」
……言った! 今度こそ間違いなく!
今、私のことを美人って言ったわよね!?
えっ、なに? この子……もしかして私のこと弄んでる!?
そんな彼に、もしかしてからかってるのかと聞き返せば、いたって真面目だと即答するし……。
わからない。
この人の真意がどこにあるのか、まったくわからない!
いったいこんなときはどうすれば……。
ああ、そうだ! 刑事ドラマで見た『現場百回』!
こんな時こそ初心に戻って、二人の出会いから振り返ればいいのよ!
「一つお聞きしたいのですが、あなたはどうして三人の中で何の迷いなく私の前に来られたのですか?」
「もちろん中務さんが一番タイプの女性だったから――この答えだとセクハラになっちゃいますかね?」
えっ? この子はどうしてそんな言葉をさらっと言えるのかしら!?
それもう、セクハラどころかプロポーズの言葉よね!?
ゴールイン!
一生独身、一人暮らしを覚悟してた私が!
まさかの可愛い年下彼氏とゴールイン!!
……いえ、まだ早いわ。今は待ちなさい中務硝子。
だって、世の中にそんなおいしい話が転がっているはずがないもの。
そこで私が口にしたのは、誰が考えても良い答えを返してもらえるような質問ではない、ある意味究極の嫌がらせとも言える問いだった。
「やっぱりからかってますよね?
私、金髪ですよ? 目だって青いですし」
「どうしていきなり自慢話を始めたんです?」
それなのに、彼はキョトンとした顔で、まるでそれが当たり前のことのように返してきたのだ。
自慢?
私のこの髪が?
この瞳が?
ちょっと何を言われているのかわからないんだけど……。
えっ? もしかしてこの子って金髪が好きなの!?
「それだとまるで髪以外に興味が無いみたいですけど……全部ひっくるめて中務さんみたいなお姉さんがタイプですよ?」
恥ずかしそうに笑ってそう言う彼に、私はその場で襲いかかりたくなる衝動をグッと我慢する。
はい堕ちたー。
お姉さんは今、あなたに堕ちてしまいましたー。
何なのこの子!?
いったい何が目的で――いえ、モテない女に近づいてくる男。
その目的なんて、お金しかないわよね。
……でも!
それでも、彼の言っていることが本当である可能性だってゼロではない――そう信じたい自分がいるのだ。
相談室に着き、向かい合わせに座る私たち。
「それでは先程のお話の続きなのですが」
「はい、探索者の新規登録の」
――あら、どうして今さらとぼけるのかしら?
「いえ、そちらではなく。 あなたが本当にこの髪と目の色に忌避感を持っていないかどうかの確認の方です」
「あっ、その話まだ続いてたんだ」
――むしろ二人の将来を考えれば、一刻も早く結論を出しておくべき問題でしょう?
「そうですね、もしもそれが嘘だとわかれば結婚詐欺で告訴しようと考えておりますので」
そう、ここからあなたの真意をじっくり、ねっとりと問いただすの。
でも、もしもそれがいい加減な言葉だった場合は……。




