第03話 After ~豪俵家と仁王院家の場合~
「仁王院さん、今日はうちの馬鹿がとんだご迷惑をおかけしてしまって」
「いやいや。頭の悪い跳ねっ返りなんぞ、どこの御家にも一人や二人はおりますからな」
苦笑いをしながらも、そう受け流すのは仁王院家の当主である『青龍』。
もっとも、内心では『仁王院家、巻き込まれたみたいになってたけど何の関係も無かったよな?』と、イマイチ釈然としていないのだが。
というか、学校に行っているはずの息子、娘から突然の連絡。
そしてその内容は『豪俵の分家が上位貴族と揉めている』という話。
それも相手が関西の近衛家や二条家ではなく、関東にいるはずの鷹司家と六条家という……。
訳も分からず、押取り刀で現場に駆けつけるふたり。
案内された会議室では(豪俵が)見覚えのある顔。
それもなにやら御大層に、得意げに御高説を垂れているらしい大馬鹿者が一人。
……いや、お前の目の前のお姫様!!
本当に鷹司家の葛様じゃねぇか!!
えっ? こいつ……こんな有名人の顔すら知らないの?
ちょっとやそっとじゃなく、本物の常識知らずを慌てて、それでいて優雅に止めに入る豪俵。
あちらに居た娘、息子の学友である柏木という少年が穏便に済ませてくれたから良かったものの、一歩間違えれば数年は社交界から事実上締め出されかねない案件であった。
「それにしても鳳凰」
青龍はちらりと息子に視線を向ける。
「どちらかと言えばお前は社交に不向きな性格だと思っていたのだが。
まさか迷宮科などという場所で、侯爵家や伯爵家と縁のある相手と友誼を結んでいたとはな」
「ん? ああ、もしかして柏木のことですか?」
完全に気を抜いていた鳳凰が答える。
「父上、奴は面白い男ですよ!
俺よりも強く、妙に肝が据わっていて何より義理堅い!!」
夕霧が仁王院と付き合っているのは面白い奴だから。
義理堅いなど、ただの鳳凰の思いこみなのだが……結果的に助けられているのだから問題はないだろう。
「ふむ、柏木……柏木……」
今度は豪俵家当主『尊』が口を挟む。
「……関西圏の貴族にそのような名は聞き覚えがないな。
夢子、彼は一体どういう男なのかな?」
「はい」
淀み無く返事したのは豪俵夢子。
質問されるだろうと、すでに頭の中で彼の情報は整理済みだ。
「中学時代の友人関係から辿りましたが。
元はそれなりに裕福ではありますが、一般家庭のご子息のようです。
今年一月、ご両親と旅行中に事故に遭われたみたいで」
「ほう、交通事故に。
もしかしてご両親は」
「はい、お二人ともその時にお亡くなりに……。
病院から退院後、お一人で随分とご苦労されたようですが、ダンジョンに入るようになって、その類稀なる才能が一気に開花。
すでに20層の階層主を討伐、この夏には管理局より直々に表彰されるとのこと。
パーティを組んでいらっしゃる明石静様とともに、鷹司葛様以来の魔力適性保持者と言われています」
「ほう。魔力適性、か」
なにやら意味ありげに頷く青龍。
もっとも、本人はダンジョンに入ったことすらないため、魔力適性という言葉の意味すらよく分かっていないのだが。
「鷹司家との縁は、センニチダンジョンモールで出会った中務様――先ほど会議室にいらした金髪の方との繋がりでしょう。
どうやら柏木様が彼女に一目惚れされたことがきっかけみたいです」
「随分と詳しいな」
同じ反応ではあるが、
『うちの娘凄くね?』
と、思わず感心する尊と、
『何この娘……ちょっと怖いんだけど?』
と、若干引き気味の青龍。
「……ただの学友をそこまで調べてあるモノなのか?」
「はい、必要になると判断いたしましたので」
さらりと、あたりまえのことのように答える夢子。
「それにしても」
尊は腕を組む。
「鷹司家と六条家は、彼と娘の婚約を認めたのだろう?」
「ふむ……いくら探索者として優秀でも、その程度の縁で侯爵家や伯爵家が平民の学生に娘を嫁がせるか?」
「普通はありませんわね」
小さく頷き言葉を続ける夢子。
「個人としても繋がりを持っておきたいだけならば。
本人同士がそれを望んでいる中務様、そして六条家の後ろ盾を受けて嫁がれることになっていた明石家の静様だけで過分な配慮のはずです。
……それなのに、さらに本家のお姫様方まで婚約されている」
「かっかっかっ! 柏木は良い男だからな!!」
なんとなく寂しかったので話に入っていく鳳凰の笑い声。
「出来ることなら俺も妹を奴の嫁に出し、兄弟となりたいくらいだ!!」
「……鳳凰様、雲雀さんはまだ三歳ですよ」
あきれながらも即座に夢子が釘を刺す。
「ん? 俺と夢子が婚約したのも、そのくらいの頃ではなかったか?」
「私たちは小学校の入学前ですよ?
……ではなくて、問題は雲雀さんの年齢ではなく、柏木様との年齢差でしょうが」
「うん? それに何の問題がある?
柏木の婚約者、四人のうち三人は十歳以上奴より年上だぞ?」
「……絶対に、ご本人の前では口にしないでくださいね?」
地雷原でタップダンス、デモン・コアでジェンガを始めるような婚約者に頭痛を覚えてコメカミを押さえるも、
「……話を戻しますね」
鳳凰をスルーして続きを話し出す夢子。
「お父様も青龍様も、鷹司家が最近扱い始めた『神薬』と呼ばれるポーションのことはご存知ですね?」
「ああ、生きてさえいれば末期癌であろうが重度の認知症であろうが治療してしまうという奇跡の薬と言われている」
「確か、最近では若返りの薬などという眉唾な入浴剤も殿上人の間では出回っているとか?」
「もしも、それらの出どころが柏木様だったとしたら?」
彼女のその言葉に、一気に場の空気が変わる。
「明石静様。
お父様方も彼女と上杉伯爵家とのご婚約、その結末までのお話はご存知ですよね?
そんな彼女が柏木様と知り合ったとたんあのように、何事もなかったかのような美しい姿に戻られた」
「それは……いや、それこそ鷹司家の扱う薬とやらを彼が手に入れただけでは?」
「確かに、普通に考えればそのようになります。
しかし、六条家の方でも近々これまでのモノとはまったく性能の違う装備品が売りにだされるとのこと。
……柏木様という人物が両家と接触するようになったとたんにこのような偶然が続くのはおかしくありませんか?」
「ふむ。……いや、言いたいことはわからんではないが。
さすがに何の証拠もない話ではな」
「私はその現場に居なかったので証拠と言うには少し弱いですが。
お義父様は少し前まで鳳凰様が魔力酔いで苦しまれていたことはご存知ですよね?」
「……ああ」
帰宅後は自室に閉じこもってしまう、家では内向的な鳳凰の詳しい学生生活のことなどまったく知らない青龍。
「それを、『おまじない』と言いながらなんらかのアイテムで、あっという間にどうにかしてしまったのも柏木様なのです」
『いや、おまじないって何だよ!!』
と、思いながらも「なるほど」と相槌をうち、話を合わせておく青龍だった。
『鳳凰の魔力酔い? おまじない?』
首を傾げつつも、その場では何も言わず、黙って話に合わせておくことにした。




